心霊図書館 >> 心霊文庫第17篇 >>  憑依と自殺の実例 その二

『死者に交わる三十年』

憑依と自殺の実例 その二

二、お婆さんになる丈は真平まっぴら

 R夫人は自殺癖のある狂人で、食物や睡眠を取らず、間断なく頭髪をかきむしり、骨と皮ばかりに痩せこけてしまいました。到底医術をもって回復の望みはないものとせられ、まるまる三年間某精神病院に監禁せられました。

 この患者が縁あって、ウィックランド博士の治療を受けることになったのであります。最初は幾度も自殺を企てましたが、数週にして彼女に憑依せる一人の亡霊――それは自殺した男の霊魂です――を駆除しますと、それッきり自殺の衝動が止み、しばらくしてズンズン健康体に復し、今日では、心身共に立派な人間となりて家族と同居し、以前の職業を営みつつあるのであります。これがウィックランド博士と、右の亡霊との問答です。――

  時 日 ―― 一九一九年二月二十二日

  亡 霊 ―― レエフ・スティヴンス。(R夫人に憑れる男の亡霊。)

  霊 媒 ―― ウィックランド夫人。

  審査人 ―― ウィックランド博士。

博士。あなたは何地どちらからお出でになりましたか?

亡霊。あちこち彷徨さまよって居る中に、光が見えたからやって来ました。

博士。お名前を一つきかせてくれませんか?

亡霊。名前……。そんなものは知らない。

博士。あなたは御自分の姓名を記憶して居ないのです?

亡霊。私ャ何一つ記憶して居ないのです。頭脳が変挺へんてこで、考えることがさッぱりきなくなってしまったのです。一体私は何の用事があってここに居るのでしょう。あなたは何誰だれです?

博士。私はウィックランド博士というものです。

亡霊。何の博士です?

博士。医学博士ですよ。――あなたのお名前をきかせてくださいナ。

亡霊。名前には弱ったナ。妙な話だが、ドウも私は自分の名前が想い出せないので……。

博士。あなたは死後何年になりますか?

亡霊。死後ですッて! 御冗談仰ッしゃい。私ャ死んではいません。死んで居るなら結構なのだが……。

博士。あなたは生きているのが余程いやだと見えますね?

亡霊。いやですとも! 私ャ何度も何度も死のうとしたのですが、その都度必ず生き返って来るのです。何故なぜ私には死ぬことができないのでしょう?

博士。真の死というものはありャしませんよ。

亡霊。無いことは無いと思うが……。

博士。ドウしてそう思うのです? 何か正当な理由がありますか?

亡霊。理由なんか知るもんですか! (萎れ切って)私ャただ死にたいのだ死にたいのだ! 世の中というものは、実にイヤな陰気なところだ。私ャ死にたい。死んで何も彼も忘れてしまいたい。うしてそれがきないのかしら……。時々はこれでも死んだように思うこともあるが、早速生き返ってしまうには弱ってしまう。私ャ早くこの苦痛悔恨からのがれたい。何所へ行ったら立派に死ぬことができるかしら……。そりャ私だって、ときどき明るい場所(霊衣オーラ)へ出ることもあるが、すぐに又暗闇の中へ突ッつき出されて彷徨うろつきはじめる。何所へ行っても、自分の永住の場所が見つからず、又死ぬこともきない。うにかしてこの暗闇から脱れる工夫はありませんか。

博士。君は迷って居るのですね。

亡霊。そうでしょう? 何所かに本当の道があるでしょうか?

博士。本当の道は自分の心にあります。

亡霊。私だって、これでも元は神様を信じました。天国や地獄を信じて居ました。しかし今は駄目です。私ャただ忘れたい丈です。一切を忘れ、自分の存在までも忘れたいのです。

博士。あなたは自分の肉体が失せたことは知って居るでしょうね。

亡霊。そんなことは知りません。

博士。それなら何故ここに来て居ます?

亡霊。何故ですかねぇ。私ャあなた方の姿を見ますが、一人も知った顔はありません。しかし、あなた方はいずれも皆親切な顔をして居られる。ドーか私に少しの光と、慰安とを恵んでください。私は何年となくそれ等に離れて居る。

博士。一体あなたの苦痛は何が原因です?

亡霊。世の中には神様は無いのでしょうか? 何故なぜ私はこんな暗闇の中に放り込まれてばかり居るのでしょう? 私だって最初からの悪人ではありません。――もっとも私は……私は。あなた方にそればかりは言れない。私は死ぬより外に道はない。死にたい死にたい!

博士。んでもいいから、あなたの思っている事を残らず言って御覧なさい。

亡霊。私はるい事をしたのです。神様だって私のようなものは、決してゆるしてはくれません。とても駄目です。とても……。

博士。あなたは気を鎮めて、現在ドウなっているか、よくそれを了解せんとけません。あなたは御自分では、当り前の人間のつもりでしょうが、実は現在一人の婦人おんなからだを使っている幽霊なのです。

亡霊。冗……冗談ッしゃい。いかに私がとぼけて居ても、自分の躯が婦人になるのを知らずに居るものですか! (この時ある霊魂の姿を見て急に昂奮する。)これ! 来やがったナ来やがったナ! あッちへ行け! あいつがあいつが! とてもたまらない。

博士。あなたはんな罪を犯したのです!

亡霊。そればかりは言われない。そんな事を言おうものなら、すぐに捕縛されてしまう。――私ャモウここには居られない。逃げよう逃げよう! うして居ちゃとても駄目だ! あいつが追いかけて来て縛ろうとして居る。逃がしてくれエ! (患者のR夫人は今まで何回となく逃走を企てたのです。)

博士。あなたは目下いま何所どこに居ると思って居ます?

亡霊。ニューヨルクに居る。

博士。違って居ますよ。あなたは目下加州のロサンゼルスに居るのです。それからあなたは、今年は何年だと思って居ます? 一九一九年ですよ。

亡霊。一九一九年? そんな筈はない。

博士。何年だと思っているのです?

亡霊。一九〇二年です。

博士。それは今から十七年も昔のことです。あなたはモウ肉体のない人間……イヤ幽霊です。世の中に真実の死というものはありません。くなるものはただ肉体だけです。あなたは生前心霊問題を研究したことはないですか?

亡霊。ありません。私ャただ神さまを信じた丈です。――そうそう私の名はレエフというのです。姓は忘れました。私の父親は死んで居ます。

博士。つまりあなたと同じことになって居る丈です。

亡霊。違います。私ャ死んではいません。私ャ早く死にたい。どうか何所どこかへ連れて行って殺してくれませんか。あれあれ! 彼奴等あいつらが又追いかけて来る。つかまっちゃ大変だ! この上監獄へでもブチ込まれてたまるものか!

博士。ドウもあなたは無智のめに、心の眼が開けて居ないのだ。懺悔ざんげなさい。そうすれば助けてあげます。

亡霊。懺悔ざんげなどはできません私には……。前にも試みたが、できずにしまいました。私の過去は、私の真正面にはッきり浮き上って見えます。

博士。先刻からいろいろ伺ったところで想像すると、ドウもあなたは他の人間に憑依し、自殺するつもりで、それ等の人達の生命を幾人もりましたネ。時々あなたは、何やら変な場合に臨んだことがありましょう。

亡霊。ドウだか私には判りません。又判ろうとしたこともありません。(喫驚びっくりして)アレ! 彼所あそこにアリスが居る! アリス、勘忍しておれ、私はそんな所思つもりではなかったのだ。堪忍しておくれ……。

博士。自白なさい早く……。そうすれば助けてあげます。

亡霊。実はアリスと心中するつもりで失策しくじったのです。アリス、お前は何故なぜ私に殺してれと言ったのだ? 何故なぜあんなことを言ってれたのだ! 私ャ最初お前を殺し、それから自殺を図ったのだが死に切れなかった。アリス、アリス! 勘忍しておれ!

博士。そいつァ少し違って居る。女の方があなたより少し訳が判っているようだ。

亡霊。アリスは『あの時は莫迦ばかな真似をした。』なんて言って居ます。私はすっかり事情を打ち明けても構いませんが、そうすると捕縛されるおそれがある……。

博士。私が請合うけあう、大丈夫捕縛されはせん。早く自白なさい。

亡霊。実はアリスと私とは、夫婦約束をして居たのです。ところが彼女あれの両親は、私の事を見込のない人間と見くびって、結婚を許してくれません。むろん二人は惚れ抜いている仲ですから、それならアリスを私の手にかけて殺した上で、自殺しようという事になったのです。――で、とうとうそれを決行したのですが、私ャドウしても死に切れません。アリスもここへ出掛けて来るところを見ると、多分死損しにそこねたかと思います。兎に角私は、何時も彼女から責められてばかり居ます。

博士。うして死損しにぞこないをしたと思うのです? あなたが手を下して、アリスを殺したではありませんか?

亡霊。むろん殺しました。ピストルでアリスを射殺し、続いて自分を射ちました。が、私はアリスが床の上によこたわっている状況を目撃すると、たまらなくなって起き上って、その場を逃げ出しました。それからの私は、年がら年中走り続け、逃げ続けで、一生懸命になって、一切を忘れようとして居ます。しかしドウしても駄目です。時とすると、アリスがひょっくり私の所へ出掛けて来ます。其様そんな場合には、私は何時いつも『アリス勘忍してれ。私がお前を殺したのだ。迷ってくれるナ。』と言って逃げます。そうしている中に、時々変な事が起ります。先日などは、何やら自分が一人のお婆さんになったような気がして、ドウしても仕方がないのです。時々その癖がけて自分に戻ることもあるが、やがて又お婆さんになってしまうのです。

博士。あなたはその間他人の躯に憑依して居たのですよ。

亡霊。憑依? 憑依ッて一体何の事です?

博士。聖書バイブルの中に汚れた霊魂の話が出て居ましょうが。

亡霊。ありますナ。兎に角私ャお婆さん時代に、自殺したくてしょうがなかったが、うしてもそれがきませんでした。そのお婆さんが、又どこまでも私の身辺に附き纏ってしょうがない。あれには全く弱りました。モーモー婆さんだけは真平まっぴら御免です。(昂奮して)アリス、お前は此方こっちへ来ちゃけない! お負けにばあさん時代には、時々電気が起って、パッパッと火花が出るので困りました。とても助からないと思ったことが、何度あったか知れません。丁度それは雷が落ちて感電したような感じです。そのくせ死にもしませんでしたが……。(ウィックランド博士が患者に電気療法を試みたことを指すのです。不浄な亡霊は、電気療法には余ほど手古摺てこずるようです)。

博士。あの火花は、私が患者の治療に用ゆる静電気から出るのです。あなたは確かに右の患者に憑依中、その電気に感じたに相違ありません。そう言えば、丁度あなた見たいに、あの患者は自殺ばかりしたがって困りました。幸い電気の力で、あなたは患者の躯から追い出されて、現在は臨時に、私の妻の躯に這入はいり込んで居ます。これで患者の病気も治り、又あなたも救われることになるでしょう。

 あなたがここを立ち去ることになれば、アリスの霊魂があなたを導き、周囲の状況が初めて明白になって来ます。あなたは今でも肉体のなくなったことを自覚せず、依然として生きて居るものと勘違いして居ます。アリスだってあなたと同様、今は霊魂です。人間の霊魂と精神とは、永久に滅亡はしません。

亡霊。んな身の上でも、私は心の平和を見出すことがきるでしょうか。私は一時間でもいいから、平和を味わいたいのです。

博士。あなたの前途には、永遠の平和があります。

亡霊。でも私の罪がゆるされるでしょうか?

博士。真の懺悔と悲哀とが、あなたの胸に発生すれば罪はゆるされます。辛抱しなさい。辛抱してつとむれば助けが来ます。

亡霊。(昂奮して)アラ! 私のお母さんがあそこに居る! お母さんお母さん! 私はあなたのせがれと呼ばれる丈の価値ねうちはありませんが、愛情はかわりません。(泣きながら)お母さん、どうか勘忍してください。この出来そこねのせがれの罪をゆるして、ホンの一時いつときでもいいから幸福にして下さい。私ャ……私ャ随分苦んで来ました。若し私の罪をゆるせるならば、どうか一緒に連れて行って下さい。後生ですから……。

博士。あなたのお母さんは何といわれます?

亡霊。お母さんは、『母の愛は他の何物よりも強い。今までだッて、お前の所へ近寄ろう近寄ろうとしたのだが、お前が逃げてばッかり居るので困っていた。』と申して居ます。

 レエフ・スティブンソンと称する亡霊との問答はこれで終るのです。すると入れ代って、彼の亡母の霊魂がウィックランド夫人の躯にかかって、次の文句を述べたのです。


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