心霊文庫16篇 『再生問題の検討』

現代の不安と再生説

  一、神霊主義と再生説

 近代心霊研究のお蔭で、人間の視野は、非常に拡大して参りました。物質的現象界の奥に、超物質的霊魂の世界があり、そして此等これら二つの世界の間には、密接な因果関係が存在する。――大体そうした見当が附いて来たのであります。これはたしかに偉大なる発見に相違ありません。コロムバスの米国発見も、人間の視野の拡大に、非常なる貢献をなしましたが、霊魂世界の発見は更にそれ以上に重要であります。兎に角人間というものは、うしてだんだん広い世界へ乗り出して行くべき運命をって、るのでしょうが、進歩の半面には、常に苦痛困難を伴うのが原則となってりますので、得てして新らしき真理の前には、多くの反対者、私の所謂いわゆる精神的鎖国主義者が簇出ぞくしゅつして、妨害運動を試みたがります。そうした現象は古往今来、まるで判で押したように、繰り返さるる事柄ですから、縦令たとえ反対があっても、われわれはあまり気にまず、『不相変あいかわらずるワイ』位に多寡たかをくくって、磐石の覚悟をきめて、だけの事を行るべきでありましょう。そうするうちに、真理がきっと最後の勝利を占めます。イヤ現在でも、心霊研究の結果は、すでにソロソロ実世間に反映してるのであります。

 公平に考えて現代人は、最早もはや十九世紀前期の遺物である唯物論に、心から満足し切ってるものは、恐らくほとんど絶無に近くなったでしょう。し満足してるものがあったら、そんな人は一つの骨董品として貴重でありましょうが、実用品としては、まるきり役に立ちそうもありません。それなら世の中に幾つもある既成宗教はうかというに、もともとその成立の経路が天下あまくだり的であって、実験実証を基礎とせる、科学的要素に欠けてるところから、これもそのままでは、到底現代人の思想信仰を繋ぐ底力が無くなりました。つまり既成宗教の説く所が、何所どこまでが真で何所どこからがうそなのか、さっぱり判別がつかないのがけないのであります。釈迦がいかに偉くても、基督キリストがいかに優れてても、要するに一の人間である以上、うしてもその言説に、多少の過不及かふきゅうがないと保証されましょう? 個人の言説を笠に着て、信仰を無理強いするような時代は、幸にして過去の夢となりました。二十世紀の新人の信仰は、あくまで真理の上に、あくまで科学的実験実証の上に立脚し、何所どこから突ッついても、一点の隙間すきまのないものでなければなりませぬ。単なる個々の主観の上から、もしくは単なる伝統の上から思想問題、信仰問題を取扱うことは、一日も早く中止したほうが、おたがいめに利益であります。何となれば、それは結局一の道楽、一のひまつぶしに過ぎませんから……。

 兎に角現代は、丁度思想信仰上の大々的過渡期であって、所謂いわゆる旧信仰すたれて、新信仰未だおこらずという、厄介千万な時代であります。人間が幼稚で、単純で、多少なりとも、無理が利く時代であったら、仕事ははなは為易しやすいでありましょうが、一たん『科学』の洗礼を受けて来た現代人には最早もはやゴマカシはきません。で、いかに面倒でも、辛気臭くても、宇宙万有の底を貫流する、自然の大法則は、一つずつつきとめて、それによりて人生の進むべき道を設定して行かねば、到底駄目であります。

 私が本会の席上で、ねて申上げた『神霊主義スピリチュアリズムの七大綱領』――あれこそは、確かに今後世界の精神界を指導すべき、大目標であると考えます。それは単なる御都合主義の産物でなく、又天上り式押売おしうり説でもなく、又歴史や伝説の寄せ集め物でもなく、あくまで忠実に、近代心霊研究の結果を取り入れ、その上に築き上げた哲学であり、教義でありますから、うっかり土崩どほう瓦解がかいの運命を辿たどるようなおそれはないのであります。私は他日世界の大精神連盟の基石を置くものは、恐らく世界に散在せる、此等これら神霊論者スピリチュアリストではあるまいかと痛感するのであります。従来世界各国は、もっぱら法規の上で、外面的に国際的平和を招来せんと努めましたが、それがいかに無理な註文であるかは、ここ呶々どどを要せぬと思います。思想信仰上の連盟と、法規手続上の連盟と、以上二つが揃った時に、初めて予期の結果が挙げらるるものと、私は確信するものであります。

 それは兎に角、かの神霊主義の七大綱領は、根本的目標として、誠に結構なものでありますが、もともと綱領でありますから、その用語が必然的に抽象的概念的であります。実際問題としては、よほどこれを補充せねばなりません。例えばその第七ヶ条の如き、私としては、もすこしこれを具体化して説きたいのであります。御承知の通り、神霊主義の第七ヶ条は、『われ等は永遠に向上進歩の途を辿るものなることを信ず。』というのであります。これは決して間違のない真理でありますが、私から申しますと、それ丈では少々物足りない。私は是非ともここに、『再生説』を持ち出し、われわれは向上進歩の途上において、何度も再生の手続きを踏むものであることを附け加えたいのであります。

 再生の事実が確立しなければ、人生の謎は、うしても解けない。――私はそう主張する一人であります。


再生問題の検討

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現代の不安と再生説
二、不公平な現世


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