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果たしてウイルソンか?

(十八) 水面の映像

 六月二十七日の実験に際してはずスコット女史の閉じたる眼底に山間の湖水の光景が現われ、湖岸には一人の男が佇み、その顔が水面に映じて居るのでした。ウィルソンは右の光景を話題としてその感想を述べ出しました。――

『私は今あなたの眼に湖水を見せ、水面に一人の男の映像を示しました。それは私の思想がこの通信の中に反映して居るということの象徴です

『地上で私を知って居た人達よ! なんじの疑惑をもってこの映れる影を打ち壊すな!

『映像は破れ易く乱れ易い。水中に一石を投ずればそは立所に粉砕される。

なんじの見たままを承認せよ。なんじの疑惑をりさえすれば映像は立派な定形を為すであろう。

『実は私は帰幽以前に霊能の性質を知って置いたらよかったと思う。そうすれば私はすべての人達を承服させるような通信法を開拓し得たであろう。当年の私は余りにも思想や理想の追窮ついきゅう屈托くったくし過ぎ、国家の前途以外は少しも未来の事に頓着とんちゃくしなかった。

『もちろん私は眼を閉じても事物を見る能力を持っていた。私は肉眼以外に心眼の存在する事を百も承知して居た。が、私は後者がそれほど重要性を有っているとは想い及ばなかった。こちらへ来て見て私は初めてその心眼が何よりも大切な用具であることに気がついた。

『折角霊能をちながら、これをつまらなく持腐らしたかと思うと私は残念でたまらない。むろん当時の私の能力は頗る鈍重で現在の私の能力とは到底比較にならない。鈍重であったればこそうっかり見落してしまったのであろう。それはホンの霊覚の萌芽ほうがに過ぎなかった。肉の圧迫の下からチラリとす一閃光にとどまった。しかしそれは訓練次第で発達させる事はできたのだ。後侮きに立たずで致方いたしかたがない。

『一体この霊覚の種子たねは何人にもそなわっているのだが、皆意識的にこれを使用することを知らない。何かの機会にうっかりこれを使うことがある位のもので、大抵は宝の持ち腐れをしてしまっている。若し人間がこれを発見して有効に使用することになったらどんなに楽しみが多いことであろう。しかし、私の観る所によれば余り遠からぬ未来にそんなことになりそうである。

『もちろん私は各人皆霊媒となれというのではない。それは通信事務官又は外交官と同じく、特殊の人達の専業であらねばならぬ。ただ各人ともその所有する能力の開発丈はせねばならぬ。一切の人間の能力の背後には悉くその霊的対当物がある。そしてそれ等は人間がその普通の視力や聴力を訓練したり、読書能力、描写能力その他を開発したりするのと全然同様の方法で訓練することができるのである。ややもすると人間はそれをやるのを危険視する。ツマリそれをやれば発狂の恐れがあるなどというのである。私からいえばこれは全然意義を為さない。試みに精神病院へ行って見るがよい。恋愛の為め又は宗教の為めに発狂した人間で一ぱいではないか右の論法で行ったらつまり人間には恋愛と宗教とが禁物だということになる。いつの世、いかなる所にも気の弱い者、ヒステリィ式の者は常に存在する。精神病の発生にはいろいろの深い理由があるので、鼻元思案で軽々しく当推量を下すほど非科学的な態度はない……。』


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