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果たしてウイルソンか?

(十七) 僧侶神職は原始人の保姆

 六月二十二日にはスコット女史からんな事をウィルソンに申し出でました。――『私はこの通信が終るまでわざとあなたの著書、演説集等を読まずに居りましょう。人の口はうるさいもので、此等これらの思想はあなたの書物から採り入れたものだと批評するものがあるかも知れません。もちろんしも同一思想がこの通信に表現されて居るとすればです……。』――するとこれをきッかけにぎの長い通信がウィルソンから送られました。――

『私がまだ地上に居った時に抱いて居た思想は、る程度今でもっています。私の眼界は大いに拡げられたが、その割りに思想の変化は起っていません。つまりこちらへ来てから獲得した新知識が私のかんがえを豊富にし、私の展望を拡大したというにとどまり、私が曲りなりにも往年支持して居た意見の大綱は今においても依然として正当であると思うのです。で、この通信は当時私が主張した言説にやや改良を加えた一のつづきもので、矢張り同一人物から出発して居ることは何人にも認知し得ると思います。すくなくとも私の知人達はウィルソンのものに相違ないと言明するでしょう。昔の私は何も知らずに説いたのですが、現在の私は知って説いて居る。ただそれ丈の相違です。私はいろいろ経験を積んだ結果それで此等これらの知識をたのです。

『言わば昔の私はもっぱら本能的若くは無意識的に動いた人間で、従って向う見ずに一種の人生観を樹立したのであったが、しかし幸いにそれは少しも間違ってはいなかった。これは独り私に限らず恐らく何人にもこれと同様な本能的知識があるに相違ない。兎に角私の現在の知識は立派に意識された知識であるから私は堂々とその知識を天下に発表する義務がある。しも世人がこれを承認すればこれに越した幸福しあわせはないが、仮令たとえ承認しなくても私の責任は尽されたことになる。

『ある思想は往々革命的色彩を帯びて居るように見えるかも知れませんが、かならずしもそうでない。実際は長い間準備され、その結果到底大変動が避けられぬことになるのである。時とすればそうした思想が不知不識の間に民衆の心に浸みわたりて平和の裡に解決を告げることもあるが、しかしそれはむしろ例外で、一たんその思想が表面に頭をもたげた時には大抵困難と擾動とを伴うものである。旧いものはドシドシ過ぎ去るというのが存在の法則である。いついかなる時代でもその法則は働いて居るのだが、民衆はそれに気つかずに居る時のみおとなしい。が、穏しくして居ようが、居まいが、結局は常に同一である。

『人間に思考力が発生したと同時に、彼はこの現世の五七十年がよもや彼の期待し得るすべてではあるまいと考え始めた。彼は常に気位が高かったが、これは決して無理からぬことかと思う。彼は痛感した自分はこの目まぐるしい大自然との闘争以上の何物かである筈だ単なる生活の為めの悪戦苦闘物質的窮乏に対する日夜の焦慮――これが人間のすべてではない筈だと。原始的社会に於ける最も優れたる思想家は僧侶神職であったが、彼等はこの人間の希望に裏書きした。が、此等これら古代の思想家達はただ死後生命の永続をおぼろげに承認したにとどまり、死後の生活の実相をつきとめる事はできなかった。刑罰の観念換言すれば各人をして自分自身の得度を獲させるのでなくある人格的の神が控えて居て個々の問題に干渉すると云う誤まった観念が全然彼等の思想を占領して居た。要するに当時の僧侶神職輩は親から権能を与えられた保姆ほぼのようなもので行儀作法道徳、何くれとなく幼稚な人民の世話を焼いた。すでに保姆ほぼ自身が狭い教育、歪んだ見解の所有者であるから、従ってその信仰が思い切って雑駁ざっぱくな色でいろどられて居たことはいうまでもないが、しかしその奥底にはくすぶりながらも真理の胚種がかくされていたのは事実である。

『人間は多くの不純分子と同時に右の真理を鵜呑みにした。近頃に至りて人間は次第に成長してこの育児室的規約を無視し天地間の真理と人為的仮構物との間に弁別を試みるようになった

『真理はこれをくらます所の工夫計劃けいかくよりも常に偉大である、遥かに偉大である。

『真理が早く優勢になればなるほど世界の幸福は増大する。自分もそのめに現在大に努力しているのだが、それをやって居るものはただ自分一人ではない。無数の霊魂達がそれぞれ最も効果が挙がると信ずる方法を用いて、この永世の真理を人間に伝えんと試みつつある。

『幽界の生活を現在送りつつあるわれわれは、前途に何がわれわれを待っているか、何がこのあとにつづくかを知らない。ただわれわれはここまで到着した。われわれの現在の状態は地上生活に実質的大改良を施したものだ。われわれは確信をもって前進することができる。

『私は信ずる、われわれの短き地上生活、又より長きわれわれの幽界生活は決して存在の全部ではなく、現在われわれの知識の範囲外に属するものの一小断片に過ぎないことを。われわれはホンの少しばかり前途を望み得るに過ぎない。それよりきの光景はすっかり狭霧さぎりに包まれている。しかしそれが隠蔽されているからと言って、われわれは断じてその存在を否定してはならない。すべて単純な魂の所有者は確信をもって歩みをつづけるが、畢竟ひっきょう単純と智慧とは常に相伴あいともなうものであるらしい……


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