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果たしてウイルソンか?

(十六) 国魂の存在

 五月三十一日の通信は日本古神道のいわゆる国魂くにたまの存在を物語ったもので、味うべきところがあると感じます。――

『一民族の発育はる程度一個人の発育に類似して居る。かくが出来てそれがだんだん発達し成熟して行くのである。時としてその核は死滅することもあるが、又しないこともある。核の生死はその民族的精神の消長如何いかんに係わるようである。しかしそれは民族のたましいではなく、全然それとは離れて発生するものである。即ちここに一の独立した団体例えば国家組織というようなものが出来上るといつしかその中に一の独立したたましい――所謂国魂くにたまとも称すべきものが宿ることになるのであるこれは国家組織の単位である所の多くのたましいの総和ではない国魂は決して人体には宿らない

『御承知の通り人間は無数の細胞から出来上って居り、そして各細胞にはそれぞれ独立した生命が宿っている。しかしながら人間の魂は決してそれ等細胞生命の総和ではない。ただそれ等無数の細胞を機関とするまでである。国魂くにたまというものも正にその通りである。従って国家組織の単位に過ぎない所の個々の魂にはその国魂の偉大さは到底判らない。我輩とてももちろんその選に漏れない。ただ我輩はこちらへ来て見て、つくづく右の国魂の偉大さを痛感することになったので、この事実を地上に住む所の単位――人間諸氏に伝達するべく努むるのである。

単位の健全なる発達は畢竟その上に君臨する国魂の健全なる発達を齎らす事になる。この新らしい事実こそ実に国民の眼光を拡大し、その信念を高め、その前途を明るくするもので、この知識なしに人類の福祉は到底望まれない。現在全世界の人類は絶望苦脳の極に陥って居るが、若しも彼等の眼光がこの偉大なる国魂くにたまの存在に目覚めたならば、どれ丈その試錬に堪え易くなるであろう。人間の能力は物質上の価値よりも寧ろ精神上の価値を味読すべく出来上っている。七十年の地上の苦艱などは彼等の前途に待ちつつある永遠の機会、永遠の向上発達の前には断じて物の数ではない。』


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