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果たしてウイルソンか?

(五) 人間界最大の発見

 ついで五月一日に一の通信が現われましたが、それは人生最後の懸案につきての意見を発表したもので、ウィルソン通信中の最も出色の大文字であります。一つ力瘤を入れて忠実に紹介することにします。――

『多くの人達はわれわれ幽界居住者が地上に起る出来事をすっかり承知して居るものとめている。あたかもわれわれが芝居へ行って見物でもしているかの如く想像している。ところが実際は決してそんなものではない。ずわれわれは自分の仕事に忙殺されて居る。それから幽界には新聞紙もなく、又ラジオもなく、ただ少数の霊的電話があるのみである。従って地上の事物にソーしたしむ訳には行かない。と言って地上の人達が想像する所もまんざら嘘だというのでもない。例えば若し地上の人が私のところへ思想の波を向けてくれさえすればちゃんとこちらに通ずるのである。思想は丁度光線の如く拡がる。そして思想には空間がないからそれは即座にこちらへ届く。それから他にも波動の働きで通信するやり方もあるが、あなた方には説明しても判るまいから止めて置く。諺に風評が世間に流布するなどという文句があるが、ざっとあの式だと思えばよい。

『兎に角地上の出来事はこれを知ろうと思えば知る事もできるが、生憎あいにく幽界の住人は余りそれに興味を有たない。誰しも自分の昔学んだ母校が目下何をやっているかを熱心に知ろうとはしないようなものだ。成年に達したものは皆当面の問題に考慮を奪われる。過去は過去、現在は現在、誰しも眼の前の事が大切だ。ただ例外者がないではない。死後依然として地上の問題に興味を有っている少数者はあくまでそれを知ろうとするが、悲しい哉思う通りの半分にも行かない。何故なぜか?――外でもない、知識の不足である。われわれには何故に通信が困難なのかまだよく判らない。われわれに判っているのは地上の条件と幽界の条件との間にクヒ違いがあるという位のもので、そのクヒ違いが何であるか、又いかにしてこれに打ち勝つべきかがドーも判然しない。勿論むろんわれわれは目下実験に実験を重ねて研究最中であるのだ。

頭脳あたまの悪い連中は肉体の有る者と無い者との間に何故なぜ通信が困難であるのか、よくその道理が呑み込めない。丁度小供こどもに飛行機製作の困難なことが呑み込めないようなもので何故なぜ雀の真似をしないのか、位に思う。これでは飛行機製作者は泣いてしまう……。

『それにしても水中に棲む動物が陸上の動物に意思を通じ得るであろうか? 一の世界に住む者が、他の世界の住人に姿を見せたり、声を聴かせたりすることができるであろうか?――むろんそれは困難には相違ないが、しかしそうした仕事は次第にできかけているのである。モーしばらくの時日、モー一段の苦心努力で、幽明の間には立派に交通の途が開け、更に肝胆を照らし合い、きき覚えのある音声で互に対話を交えることができるであろう。そうなったあかつきには世人は初めてびっくりして、こんな事がドーしてあんなに困難に思われ、ドーしてあんなに不思議がられたのかと思うであろう。

『これまでの世の中では顕幽の交通が困難だったので、何事もただ憶測と推定とで固められ、個々の気分次第、智脳次第で死後の世界は否定されたり、肯定されたりして居た。実は何人にも確かな事は判らなかったのである。牧師や僧侶にくと、立派にそんな所が有るらしい事をいうものの、先方むこうが格別こちらよりも余計に知って居る訳でない事は最初からチャーンと判って居る。何故ソーか? 要するに物質界を司配する自然の法則と超物質界を司配する自然の法則とが一から十まで一致せず従って交通が容易でなかったからである

『すべて偉大なる発明は一として容易なことではでき上っていない。いずれも精神肉体の大々的努力の後に出来上って居る。例えば蒸気を司配しはいする法則、電気を司配しはいする法則の発明は容易であったか? それ等の発明家、研究家達は世間からどんな取扱を蒙ったか? 進歩の一断片毎に学者政府等の反対を排除して血と涙と汗とでもぎ奪ったもののみであるげに全世界の進歩の為めに一身を犠牲に供する義人の身の上ほど人の腸を断つものはない最初彼等が世人から受けるものは白眼冷罵後に受けるものは無情忘恩……。

『霊媒的能力の所有者に向って加えられたる待遇ももちろんその選に漏れなかった。踏んだり、けったり、突いたり、切ったり、又罵ったり……人類の史上にもめったに類例のない残忍さである。その理由を問えばただ彼等が物質的方面よりも寧ろ精神的方面に発達して居るというに過ぎない

『幸にして人間の心の闇はようやく明けそめた。天賦の能力を無理に抑えつけることはそろそろきない世の中になって来た。何人がさし昇る太陽を喰いとめ、押し寄せる潮をきとめる力があるか?

『一体人間はそれぞれ特殊の能力を授けられて居る。何故に甲は緑の眼をち、乙は樺色の眼をつか、又何故に丙はボートの選手であり、丁は徒歩競走の選手であるのか、そんな事は到底人間には判らない。顕幽両界の間に連絡をつけるべき能力の有無も亦同様でそれは全く天賦的である。深き考の無き者はよくんなことを言う。――若しそうした事がはたして彼にきるものなら、何故に同じ事が自分に起らないのかと。それははなはだ無理である。天賦的能力に相違があるばかりでなく、錬磨の有無によりてもまたその力量が違って来る。世間には折角霊能の素質をもちながら、未発達のままボンヤリしているものも相当沢山居るに相違ない。そういうのは宝の持腐れであるからむろん何とかせねばならない。不取敢とりあえず各学校には心霊科を設け、児童の能力を開発することにすべきである。

『現在の所では地上の人々は霊界の威力の何物たるをほとんど知らない。そちらの方面は科学者の未だ研究の手を染めないところであり、そうした世界の存在さえもやっと薄々感知された位のものである。他方所謂秘密教徒オッカリストは長い間ただ不可思議三昧境に閉じ籠り、条件の研究、作用の穿鑿せんさく等には一向無関心であった。霊的現象の研究者を阻止すべく彼等が愛用したものは、あらゆる武器の中で最も有力な武器――畏怖であった。いろいろの威嚇材料を発明しガチャガチャ鉄鎖を鳴らして気味るがらせをやるのであるから大概の者は尻込みして霊的現象の研究に手をつけようとしなかった。その結果地球の表面には長い間暗黒が横たわった。

『一体真理はそれが重要なものであればあるほど、人類のこれを受け入れるのが遅い。ず真理の発見に際して困難に際会し、ぎにその普及に際して苦艱くかんめる。が、人類が承認するに最も躊躇ちゅうちょするものは外でもない、従来の発見中の最大発見、散々疑い抜かれたあかつきに近頃やっと仮睡うたたねの夢の中に現われる出来事位に認められて来た事実――死後の生命の存続という事である。』


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