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果たしてウイルソンか?

(四) 彼岸は好日和

 四月二十九日のウィルソンからの通信は現在生活と幽界生活との大まかな比較を試みたもので、すこぶる味わうべきところがあります。――

『物質的現界から超物質的幽界への変化は普通思考せらるるように大きいものではありません。本質的にはわれわれ幽界居住者は依然たる窮措大きゅうそだいであります。われわれははじめ肉の衣裳に包まれて居ただけの話で、肉体は決して自我の一部ではないのです。それなら、死後においおおいかわるのは周囲の状態かと諸君は疑わるるであろうが、それもまた事実ではない。顕幽両界の状態は根本的に同一である。この事は地上の人達に恐らく腑に落ちない所かと思われますが、とも角も私の感じたまま、見たままを説明することにしましょう。

『最初生命の顕現は化学的に組成された物体、つまり肉体を通じての仕事である。そうする中に次第次第にその生命に自覚が加わり、成るべく物質的肉体を征服し、これを自家の用具にするべくつとめる。ですから精神は物質を通じて働きはするが、しかし決して物質の奴隷とはならず、全然別個の存在である。最後にこの肉体と称する化学的組成物の中に変化が起り、生命をして首尾よくその覊絆きずなから離脱せしめる。魂はこれですっかり自由の身となり既知の世界から未知の世界へとその進行を続けることができる。肉体と同棲中に穫得えとくせる意識はどこまでも自己の所有ものとなるが、この意識は肉体に宿れるお蔭で発達したのだと想像すべき理由は何所どこにも認められない。私は意識を以て魂の所産と考える化学的組成分は少しもこれにあずからない肉体は単なる容器いれものに過ぎない

『肉体との同棲時代から精神こころはすでに意志としてそれ自身を表現して居た。意志が物質の上に大に影響することは何人も知る所であるが、ただその範囲のいかに広大であるかを諒解せるものははなはすくないと思う。物質はもちろん物質としての法則に従うに相違ないが、その他は常に精神の司配しはいを受けて居る。その意志が物質と絶縁したあかつきに俄然としてほとんど量り知られぬ絶大の威力を発揮するはむしろ当然ではあるまいか。

『私には最初霊魂が何故に物質と密接不離の関係に置かるるのかはよく判らない。自我の発達はこれめに非常に阻害されて居るらしく思われる。兎に角魂と肉との結合こそはわれわれの悩みの種であって、人生の苦痛、煩悶はんもん、悲哀等は皆そこから胚胎する。ただ死と称するかの化学的変化によりて解放された時に於てのみ魂は十二分の発達が遂げられる

『われわれの地上生活は一つの希望に向っての盲目的突進であった。幽界に来て見て遙かに視野が拡大する。むろんわれわれにもまた判らないことが多いが、それでも地上生活時代とは訳が違う。われわれはハチ切れるような元気……とても地上のあなた方には想像もされないような元気をもっきへきへと光に向って突撃しつつある。

「思うに地上の人類はわれわれの享楽しつつある幸福をきくことによりて、る程度肉の不愉快を忍び、希望と期待とに生きることができるであろう。私がかく通信を試みつつあるのは要するにこの希望を人類間に伝えたいからにほかならない。之を譬うれば地上生活は宛かも太陽の光のささぬ霖雨模様の如く死は天気模様の変化を意味しそれを合図にカラリと晴れた好日和になるのである。私は肉の重荷を担う地上の人達にこの彼岸の真相を知らしむる事を自己の責任と感じているものである。


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