横森家に搦まる因縁譚

横森家に搦まる因縁譚

十、一片の甘藷で死に瀕す

 かね代さんという人が霊媒として新米しんまえであるだけに、容貌にも、趣味にも、話し振りにも、どこにも格別人並はずれたとこちがない。何も知らずに偶然に逢えば、この人の身の上に、そんな変ったところが起っていようとは、到底想像のかぎりでありません。従ってかね代さん自身が、ときどき戸惑いをして、飛んだ失策しくじりをやりかねない。

 失策の最も多いのは、矢張り食物の上にあるようです。

『以後は絶対に火の物断ちをせよ。お湯一ぱい飲んでも生命いのちにかかわるぞ!』 ――そう神さまから厳達されているくせに、時々人間味を出したがります。ツイ先達せんだっても……。たしか三月の十日頃でしたろう。姉の三千代さんが、甘藷おさつを煮て、

『一ときれぐらいべても構わないわ。肉類とはわけが違うから……。』

 勝手にそんな理窟をつけて、煮立てのポッポと烟の出る甘藷の一塊を、かね代さんに薦めました。

『一ときれ位なら、別に身体からだに触りもしますまい。久しぶりで御馳走になりましょうかしら……。』

 ツイ釣り込まれてかね代さんは何の気もなく、ホンの一小塊、長さ一寸五分許の甘藷を食べたのであります。

 少しも食慾に駆られてべた訳ではないのですから、格別うまくもなく、又格別まずくもなかったということです。そして食べてしまいますと、そんなことはすっかり忘れて、平生の通り談笑していたということです。

 ところが、それから約一時間過ぎた時分から、胸から腹にかけてキリキリと、言うに言われぬ、激しい疼痛とうつうが起って来た。

『今度ばかりはいよいよ死ぬかと思いました。』――そう本人が痛感した位の劇痛で、文字通りに七顛八倒しちてんばっとうの苦しみ! 一日一晩はほとんど言葉くちもきけずにもがきつづけたのであります。

 近所の医者が来てカンフル注射を施したが、少しのききめもない。そのくせ脈搏みゃくはくがしっかりしていて、死にそうな模様のなかったのが不思議だったといいます。

 無論姉の三千代さんをはじめ、兄の金一氏、その他親戚一同枕辺につめかけて徹宵てっしょう看護しました。すると、苦悶しているかね代女が、急に神懸り状態になり、

『わしは横森市兵衛だ。神の注意を無視して、煮た甘藷などを食べために、んな苦しい目に逢うのだが、生命いのちには別条ない。しかし今後は忘れても御神命に背いてはならぬぞ! 食物が体外に排除されるまで苦しみは免れない……。』

 そんなことを言いきかせたそうであります。――もちろん当人は一切無我夢中で、そんなことは人から後できかされて知ったといいます。

 が、発病よりも一層不思議だったのは、その快癒の極めて迅速なことでした。五日ばかり過ぎると、彼女はムクムクと病床を離れ、二個の林檎を携えて東京を出発し、単身甲州の実家さとへ帰ったのでした。

『まるで幾日かの間、何一つ食べないのに、韮崎から穂坂村まで一里余の山坂をるいても、格別くたびれたように感じませんでした。全く不思議でございます……。』

 彼女は不相変あいかわらずのんきな顔をしてそんなことを人々に語るのでした。


九、社殿造営の託宜

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〔附〕 雪の甲州


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