横森家に搦まる因縁譚

横森家に搦まる因縁譚

五、掛軸の盗難

 右の因縁話は、はなはだ興味あるものには相違ありませんが、ただそれ丈で終ったならば、甲州の田舎のある旧家に、一幅のふるい不動明王の掛軸が秘蔵されているという丈で、そんな事実の有無は、全然他郷の人の視聴には上らないでしょうし、ましてそれが機縁となりて、破天荒の大心霊現象が起るような事は、到底望まれない話でありますが、先年右の掛軸が、一人の六部に盗まれたのが因となり、ここにはしなくも不思議千万、奇妙至極の大葛藤を生むに至ったのであります。人間はんな事実に逢着するごとに、ただ驚き呆れますが、しかし人間界の奥にありて、人知れずこの不思議な出来事の操縦にあたるものが、絶対にないとは誰が言い得ましょう。イヤたしかにそれがあるものと、私は認めない訳にまいりません。武田信玄の霊は、かね代女を通じてう言います。――

『この掛軸を六部に盗み出させたのも、又三十六年の後に、再びこれを甲州に引き戻させたのも、すべてこの方の予定の行動である。そう致さねば、この方は永久に世に出られない……。』

 さすがに戦略戦術の神と言われた人だけあって、霊魂となりても、依然として縦横の奇策を弄するようであります。そのやり方が善か悪か、巧か拙か――そんな批評をやるのは、観る人の勝手でありますが、兎に角幽冥の世界から、微妙な綱を引かれては、人間の方で、とても太刀打たちうち困難と謂わねばなりません。かくいう私が、んな所にめぐり合い、んな記事を草するというのも、矢張りこの大策略霊の操り人形の一つにされているのでしょう。考えて見ると阿呆あほらしいようでもあるが、又面白くないでもない。

 閑話休題として、記事をすすめます。時は明治二十三年十月上旬のことでありました。諸国遍歴の一人の六部が、穂坂村へ辿って来ました。服装なども随分見すぼらしい、人相のよくない、乞食然たる男でしたが、横森家の人々は気の毒に思って、この六部を三晩ほど泊めてやりました。しかしその間に、市兵衛は横森家相伝の重宝たる不動明王の掛軸を、この男に拝ませてやったのであります。市兵衛ほどの人物の仕業としては、いささか軽率浅慮のように思われますが、信仰という要素が加わる時に、人間はいつもうした手ぬかりに近いことをやり兼ねない。可哀想に彼も人の児、神信心のめに全国を行脚してるいているこの奇特な男に、自家うちの不動様を拝ませてやったら、功徳くどくになるだろう……。』市兵衛はうっかりそう考えたのでした。所が図らずもこの六部は、極度に不良性を帯びた悪漢わるものでした。信仰心がないではないが、しかしそれは極度に自家中心の、慾の深い信仰心でした。他を救うがめの信仰ではなくて、何所どこまでも自己の福利と、願望とを充たさんめの信仰でした。彼とてまさか、不動明王の掛軸を売りとばして、金儲けをしようとのみ考えた訳ではありますまい。その後の彼の行動から察すれば、彼をただの泥棒と考えることは、当らないようであります。が、兎に角彼は不動明王の掛軸を見せられた瞬間に、『是非こいつを自分の所有ものにしたい』との慾念の捕虜になりました。三泊の後暇を告げて、横森家を辞去した彼は、こっそり逆戻りして来て、家人の隙を窺い、首尾よくかの掛軸を盗み出すことに成功しました。

 植物の種子が鳥や、虫や、風や、いろいろのものを媒介として、四方に播き散らされるように、横森家の宝物不動の掛軸は、盗心ある一人の六部を媒介として、甲州の山の奥から、広い浮世に放浪の旅をつづけることになりました。

 神を認めず、霊魂を認めざるものは、かかる現象を指して、単なる偶然の出来事と考えます。何等かの不思議な力を、ただ漠然と感ずる者は、かかる現象をもって、運命の働きであると見倣みなします。更に一だん信仰の域にくぐり入ったもののみが、かかる現象を、霊界の奥から起る、一の予定の行動と考え、天地の間に一の偶然偶発はないと言います。此等これらの中のいずれが一ばん正しいかは、別問題といたしまして、兎に角かの掛物は、爾来じらい不思議な径路を辿り辿りて、奇蹟の上に奇蹟を生むことになりました。


四、深き因縁の発生

目  次

六、掛軸の発見と復帰


心霊図書館: 連絡先