横森家に搦まる因縁譚

横森家に搦まる因縁譚

二、問題のかね代女

 事件の発端は、東京府下三河島町、字蓮田一四三、請負業澤部善三郎の妻かね代女(本年三十七歳)の神懸現象から出発するのであります。

 かね代女は、山梨県北巨摩郡穂坂村字久保、横森市太郎の第三女であります。横森家は元、村内随一の旧家で、代々名主を勤め、彼女の曾祖父横森市兵衛という人の時代までは、押しも押されもせぬ豪農であったのであります。殊にその市兵衛という人は、当時にありては、余ほど学力識見のすぐれた人で、教育事業、その他地方産業の開発に尽瘁じんすいし、それがめに、常に郷党の間に重きを為して居たということであります。――が、横森家の家運は、明治二十四年五月五日、同人の死歿しぼつと共に、にわかに傾き、現在では家計は余ほど不如意に陥ってしまい、一家の子女も数人、東京方面に移住して居るような始末であります。

 さて問題のかね代女ですが、この人は性質から言っても、又外貌から言っても、極めて尋常平凡な婦人であります。こんな人が、昨年三十六歳の時をもって、にわかに神懸りになりて、その身辺に一大奇蹟を演ずるなどとは、全く予想外の話で、関係者一同が、今もって腑に落ちない面持ちをして、煙にまかれて居るのも、全く無理からぬ次第と思われます。しかしあとからあとから発展して行く活きたる事実、活きたる証拠の前には、人間の理性や常識は、常にタジタジとならざるを得ないのであります。人間界の仕事は、いつも事実ありての理窟で、理窟あっての事実ではありません。

 ただ一つかね代女の身に、これまで人並でない点がありとすれば、それは他へ縁づくと共に、間もなく病身となる厄介千万な特質でありました。生来至極強健であり、人一倍の働き者であるくせに、嫁入よめいりすると、身体からだの調子が狂って来て、病床に親しみ勝ちになる。他に何の仔細もないが、嫁入り匆々そうそう病弱で働くことができないのが、婿さんに対し、又姑さんに対して、本人として気の毒でたまらない。とうとう最後にいとまを貰って実家さとへ帰ってしまう……。彼女はそんな事を両三回繰り返したようであります。

 最後に彼女は東京に出で、縁ありて前記三河島の澤部善三郎なる人の許へ、後妻としてとつぎましたが、ここでもまた不相変あいかわらず身体の調子が面白くない。数年連添っていても妊娠もしない。そうするうちに、咋大正十四年に入りてから、全身に水気が来て、プクプクにふくれ上り、頭髪がボツボツける。一度櫛を入れると、百本も肉がついてけるのですからたまりません。しばらくするうちに、薬缶頭やかんあたまになりかけてしまいました。

 無論その間に、各方面の医者にはかかりづめであります。評判の良い医者の門は、片端から叩きました。梅毒性ではないかというので、六〇六号の注射もやったそうであります。が、何をドウやって見ても、寸分の効果が見えない。水腫はますます加わり、頭髪はますますけ、昨年の夏の初頃には、見るも気の毒な醜しい姿になってしまいました。近隣の人達はそれを見て口々に噂しました。――

『善さんのところのおかみさんは、なりんぼになったそうだ……。』

『あの人は元しょうばい人上りに相違ない。梅毒が体にまわって来たのだ……。』 無論彼女は芸娼妓になった覚えもなく、又自分の血統が純潔であることも、充分承知しているものの、しかし自分の現在の姿を見ると、われながら浅ましく、心苦しく、何の因果で、んなにみじめな身の上になったのかと、人知れず悲歎の泪に暮るる事、何回であったか知れなかったといいます。後になって見ると、彼女の難病はただの難病でなく、遠く幽冥の世界から因縁の綱を引いた、深い仔細のある事柄なのでありましたが、当時にありては、夢にもそんなことは判りませんから、定めて彼女の小さい胸を悩ましたことであったろうと想像されます。幽明の間に完全な橋梁を架するまでには、兎角いつもこの種の悲惨事が附きものであることは、人間の立場から観ると、まことに困ったものであります。


一、明治大正を通じて
の一大奇蹟

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三、かね代女の神懸


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