二つの怪奇な心霊現象

土佐の集団的怪現象

六、後始末

 役人達を手古摺てこずらした五人が、正気に返りましたので、狂乱者は男女合せて総計六十四人、全部阿弥陀堂の境内に列を作りて、土下座をさせられ、野島、植田の両惣宰そうさいが、一々厳重に点検してまわりました。大騒動の挙句あげくとて、一人として満足な恰好かっこうのものは居りませんでしたが、しかしいずれも皆本心に立戻った事は確かで、ひたすら恐れ入って差控えて居るのでした。

 ただそれ等の中で一人の女子――何某なにがしの妻のみがまだ正気でなく、役人が近づくと矢庭に駈け出しました。

『こらッ! 神妙に致せ!』

 与力の一人がすぐ様差押えて、元の位置に連れ戻ると、件の女子はしぶしぶ其所そこへ坐りました。

何故なぜその方は穏和おとなしく致さんのか?』

わしはこの女とふる馴染なじみの者で……。』

なにッ! この女とふる馴染なじみ……。一体おまえは何者なのじゃ?』

と役人もいささか呆気に取られて詰問しました。

わしはこの女とは仔細あって、当年まで離別して居たものでござりまするが』と、件の女房は途方もない事を口走るのでした。今回久しぶりで再び馴染なじみを重ね、互に偕老同穴の契を致した上は、所詮このまま別れる所存はござりませぬ。御役人様、後生一生のお願いでござりまする。どうぞ末永く二人を添い遂げさせてくださいませ……。』

 そう言って、両袖を顔に当てて泣き出しました。

 この手放しの惚気のろけをきかされては、さすがの役人達も、覚えずどっとふきださずには居られませんでした。

 野島惣宰はしばらく笑を抑えて、更に尋ねました。

『偕老同穴もよいが、全体おまえは何物なのじゃ?』

 すると先方は之に答えるかわりに、唾を吐き懸けたり、舌を出したりするのみで、ドウあっても言葉くちをきかない。そこで件の女を庭の大木へ縛りつけ、附近の人家から芥子からしを取り寄せ、鼻の下で焼立てて、その煙を鼻の孔へ煽ぎ込むというような、乱暴な手段を講じましたが、一向効能は見えないのでした。『ただ狸の泣声を出すのみにて、邪気退散の見込無く云々』と、記録に書いてあります。とうとうこの一人だけは、いずれ明日の処分に残すことにして、夜五ッ前後(午後八時頃)一同阿弥陀堂を引き上げ、六十余人のものどもは、地下役が召しつれて、それぞれ自宅へ送り届け、又役人達は旅宿へ罷り越したのでした。

 翌十三日男女六十四人の中、六十三人を旅宿(小笠原順平方)へ呼び出し、地面へ藁莚わらむしろを敷いて、一同を坐らせて吟味しましたが、いずれも平和な面持で、平常と少しの相違もないのでした。しかし正月十六日発病以来の事をきかれても、之に答え得るものは一人もなく、元より愚昧な山民の事とて、神代の物語が何だやら、源平の合戦がだやら、一向無我夢中なのでした。

 そこで、野島惣宰は一同に向って、諄々じゅんじゅんと説諭しました。――

『その方どもの間違の源因もとは、理不尽に百姓長丞を忌嫌ったことである。総じて妖魔と申すものは、人の心のすきを覗ってさまざまの祟りを為すもので、今回の珍事とても、全く犬神の所為ではない。日頃長丞を犬神使いなどと称して毛嫌いしたから、悪魔がそれに乗じて、イタズラをしたまでのことじゃ、以後は長丞をその方どもの組合に相加え、互に睦じく交際せんければ相成らぬぞ。この儀屹度きっと申しつける……。』

 一同恐れ入って承服の旨を申出でたので、それぞれ自宅へ引き下らせました。最後まで暴ばれた婦人も、その後邪気退散して正気に返って居たのでしたが、ただ昨日の取扱方が少し酷過ひどすぎたせいか、体中痛み激しく、食事もできないとの事に、この日の同席は、差免されることになったのでした。

 植田十藏、藤崎信八、郷廻役四人、火番四人、足軽二十人等は、その日の中に岩原村を引きあげ、ただ野島馬三郎丈は、長岡郡支配なので、念のめに一日居残り、六十四人のもの等の邪気退散の模様を見届け、並にかの神職達の建立した祠を取こぼった上で、二十四日同地を引き上げたのでした。

 以上で大体この土佐の怪現象の落着がついた訳ですが、二月二十日頃に至り、六十四人の中から、少々再発の患者が出現し、そのめにまたすこし余談が残って居るのであります。


五、妖魔の正体

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七、余談


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