二つの怪奇な心霊現象

土佐の集団的怪現象

五、妖魔の正体

 心霊研究者に取りて、すこぶる参考に資すべき事象は、それから続々と現われました。

 正気に立返った百姓の一人は、突然んな事を叫びました。

『お役人様、何卒早く御出でください。あいつが又私の左の手の拇指の爪から這入って来ました……。』

『何が拇指の爪から這入ったと申すか?』

……魔所まものの精で……。』

 そう言われて見ると、成程皮と肉との中間に、プクリと梅実大にふくれ上った個所ところがあります。そこで、その者の腕首うでくびを堅く握りしめ、そのふくれたものを絞り出すようにしますと、いつのにやら、それがプイと消えます。

『あッ! 只今爪先きから出ました……。』

 当人はそう言って喜びます。他にもそんな手合が続々現われ、あるいは足の爪から這入ったというもの、あるいは手足の拇指と小指とから、二つ這入ったというものなど、さまざまでした。致方がないので、役人達は半ば好奇心も手伝って、彼等の註文通り、一々そのれものを絞り出してやったのでした。

 その梅実大のものがはたして何物であるのか、その正体を掴むことはできませんでしたが、しかし確かに何物かが爪先から飛び出したことは確実で、ひどいのは爪先から出血して居り、又総体それ等のものどもの爪の色が、死灰色を呈して居るのでした。

 兎も角んな荒療治の結果、大部分は正気に返りましたが、ただ残る十人ほどが難物で、邪気退散の模様が見えませんので、足軽連中ごふを煮やし、数頭の猛犬をそれ等にけしかけましたからたまりません。いずれも手足を噛まれ、半死半生の状態となりました。

『こらッ! これでもまだ白状せんか!』

『早く退散せぬと叩き殺してしまうぞ?』

 単に口で呶鳴どなるばかりでなく、倒れたものどもを十手や杖で、ピシリピシリとなぐりつけましたので、七ッ時頃(午後四時頃)になると、中で一番狂暴な五人も、ようやく白状することになりました。――

『私どもは前にも申上げました通り、阿波の祖父山の内、国政村梅の宮に住んで居る狸でござりますが、先般当村の百姓ども、同輩長丞に対し、悪感情を抱いて居るのを見受け、犬神と申し偽りて、諸人を誑惑たぶらかした次第でござります。神職や僧侶の祈祷位は一向平気で、イタズラを続けましたものの、くおかみの御威光をもって、御成敗に預かりましては、到底刃向はむかう力はござりませぬ。この上は罪科の次第、何卒御赦免くだされく、さすれば至急本国阿波の国をさして立帰ることに致しまする……。』

 すると又列座の中から、く申出でたのもありました。

『私事は阿波の狸の配下てしたではござりませぬが、力づくで彼等のめにこき使われ、心ならずもんなイタズラを働きました。何卒どうぞ御勘弁を願いう存じまする……。』

 野島、植田の両惣宰は、此等これらの申立てを聴き終った時に、く申渡しました。

『汝等いずれも許し難き奴原なれども、真実後悔して全部退散するに於ては、特別の思召をもって、これまでの罪科を差免しつかわす。早々帰国致すやう屹度きっと申しつけるぞ!』

難有ありがたくお受け仕りまする。』

 そう言って、五人の者どもは、一人づつ十間許りもるいてから地面に蹲り、両手を後ろに廻わして、何物かを背負うような恰好をして叫びました。――

『眷属どもは、残らず連れて行ってやるから、皆早くここへ来い!』

 すると、境内に坐って居た男女の狂乱者連の中から、一人づつ両手をひろげて、飛鳥の如く五人の背中へ飛びつくのでした。飛びつかれて、中には引っくりかえるのもありましたが、すぐに又起き上り、順々に全部のものを背負うような真似をしました。

『よしよしこれで俺達の眷属は全部済んだナ! 早速出掛けるぞ!』

 言うや否や、五人の者は、順次に非常な勢いで駈け出し、岩石だらけの嶮路けんろを物ともせず、さながら駿馬の馳するが如き勢いで、無二無三に突進し、岩原口の境堺御番所の前に達しますと、忽ちバタバタと仰向けに顛倒して、悶絶してしまいました。

 役人達はただただ呆気に取られて見物するより外ありませんでしたが、半時はんときばかりうちに、五人はいずれもムクムクと起き上りて正気に立返りました。


四、大乱闘

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六、後始末


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