二つの怪奇な心霊現象

土佐の集団的怪現象

四、大乱闘

 鎮圧隊の惣宰には植田、野島の両人が任命されて居ましたので、右両人は二月十一日をもって郷廻役、足軽等数十人随身にて堂々と出発、同十二日には、同郷土屋村の大庄屋山本實藏方に乗り込み、暫時休息の上、再び其所そこを出発して岩原村へと向いました。すると途中で、足軽共が数十頭の犬を曳いて来るのに出逢いました。ドウした理由わけかときいて見ると、足軽どもの答はうでした。――

『この度の大乱暴は、古狸の所為でござりますから、うした場合には犬の用意が第一でござりまする……。』

 別段拒むほどの事でもないので、惣宰等はそれを黙許する事にしました。程なく一行は岩原村の境堺へさしかかりますと、地下役どもが出迎えて、とある民家に一同を案内しました。

 すると間もなく、村内の情況報告が達しました。――

『只今定福寺儀例の場所で、祈祷の最中でござりまするが、狂乱者どもは、いずれも右境内に集り、乱暴狼籍の限りを尽して居ります。しばらく遠方から、その実況を御覧くだされてはいかがなもので……。』

 そこで一同ぞろぞろと右の休憩所を立ち出で、四五丁ほど進んで見ると、其所に一つの谷川が流れて居り、谷川の彼方かなた、距離はやや一丁許りと思わるる阿弥陀堂の境内に、はたして数十人の男女が乱舞して居る状況が、手に取る如く展開されました。見よ、いずれも皆頭髪を振り乱し、何が何やら、更に合点の行かぬ文句を呶鳴どなりつつ、手を合せて二三尺の高さに飛び跳ねているではないか! 『何とも目を驚かし候事にて候』と、筆録者も驚歎して居ます。

 さて此等これらの狂乱者を、ドウ処分するかにきては、又々詮議が開始され、短兵急に手荒らく形づける説と、深謀遠慮をめぐらして万遺算なきを期する説と、二つに分れましたが、其所そこへ大庄屋がまかで、意見を述べました。――

『あの狂乱者どもが、何より嫌いまするのは、犬と鉄砲でござります。ついては現場へ乗り込むまで、右の二つを取り隠し置き、人目にたたぬように、こっそり御出かけにならるるが宜しいと存じます。何分にも阿弥陀堂へ参る道筋は嶮岨けんそござりますから、そんな所を多勢で通行致しますれば、狂乱者どもに押し寄せられて、不覚の怪我を致さぬでもござりませぬ。この儀篤と御考慮をわずらわしとうござりまする……。』

 大庄屋の意見は、至極もっともだというので、鎮圧隊を二手に分け、野島馬三郎は南から、植田十藏は北から、相図の通りに嶮路けんろを潜行することになりました。かくしていよいよ阿弥陀堂間近く押寄せますと、狂乱者達はたちまちそれと気がついて、いずれも目をいからし、口を尖らせ、『汝等何者なれば鉄砲を携え、犬を引き連れ、異形のていにて罷り越したるか? そのままにはさし置かぬぞッ!』とばかり、ものすごい形相で反抗の態度を執りました。

『それッ! ものども懸れッ!』

 惣宰達の号令が下るると共に、剛気の与力を先頭に、いずれも杖、十手等をもって打ちかかり、同時にポンポン空鉄砲を打放し、それに乗じて、牽いて来た多くの犬が、ポンポン声高く吠えながら跳び懸かるというのですから、全くもって大変な話で、正に剣劇以上の物凄さだったろうと想像されます。これめに、狂乱者中の弱虫どもは、片端から難なく搦め捕られましたが、手強いところは、なかなか猛烈に抵抗して、一方ならず寄手を手古摺てこずらせたようです。筆録者の文句をそのまま拝借すると、――

『その内剛勇の者は少しも辟易へきえき致さず、砲火黒烟の中より立上り、飛びかかり来るを、再三打伏せ、蹴倒し、種々様々と手術をつくし候えども、尚もますます狂怒を相発し、声々かしましく罵り立てて止まず、よって足軽共はえず鉄砲を打ち放し、その余の面々も、これに応じて前後左右より挟撃……。』

 素朴なる文句の裡に、その場の光景が歴々と眼前に浮び出るような気がします。

 兎にも角にも大乱闘の上で、狂乱者全部を搦め捕ることに成功しました。するとそれ等の中から正気にかえり、恐れ入る者がボツボツ現われましたので、そんなのは片端から阿弥陀堂の境内に端坐させて、厳重に吟味することになりました 。


三、いよいよ鉄血政策

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五、妖魔の正体


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