二つの怪奇な心霊現象

土佐の集団的怪現象

二、祈祷の失敗

 引きつづき一月二十八日には、大庄屋惣老達から、神職派遣の請求をして来ました。短かい書面ですから、当時を偲ぶ資料として、試みに原文のままを載せて見ます。――

『豊永郷岩原村地下人共数十人、狂乱の体に御座候而、度々御達仕候通、次第に人数ましにも相成、如何共当惑仕候間、何卒神職御指定之上、御祈祷被仰付度、恐乍ら書面を以御願申上候也……。』

 右の願書に差添えては、例の差配役からの報告があります。重複の個所を省き、左に要点のみを採録します。

『……今以いまもって邪気退散致しませぬ。既に昨日も狂乱者中重立おもだちたる者十人ばかりを、地下役宅へ呼び寄せ、彼等の気分が平静に立戻った時分を見計みはからい、順序を立てて訊きただしました。彼等の申す所によれば、狂い出すのは実ににわかの事で、急に身の毛が立上がり、何やら東の方から、一陣の風がさっと吹き来る様に感ずる。それと同時に、正気というものは全然消え失せ、それから何所へドウ行ったのか頓と判らない。程経て追い追い我家へ立帰る時分になると、これは東、これは西という方角だけは判って来る。さて家に戻って見ると、からだが非常にくたびれて居るので、そのままぐっすり快寝、翌朝家内の者から、前日の狂態の話をきいて、初めてそれと知り、自分ながら呆れ返ってしまうという具合である……。ざっとそう言った陳述であります。現にこの折なども、斯く対話はなしをして居る最中、東側に居る者から、順々に前日の通り狂乱状態に陥り、めいめい乱髪を振り立てて、例の祈祷所阿弥陀堂へと突撃して行きました。まるで人間の形勢ではありません。で、地下役の方では、これでは到底致方がないから、是非五代山高善院を迎え、加持祈念を受けたいと、差配役場へ申出でました。さりながら私どもの存慮にては、むしろ稲荷の神職久武山城に、この仕事を仰せつけられるのが宜しいかと思います。故いかにとなれば、四国には狐が居ないめに、かく犬神が跋扈ばっこするのだと言い伝えられて居るからで、この点篤と御詮議を願い上げます……。』

 犬神退治のめに、急に稲荷さんを輸入しようとする当時の役人達の名案? は、われわれを微笑せしめます。兎も角も奉行の方では詮議の結果、願いの通り神職の久武山城に、悪霊退散の任務を命ずる事に一決、『御用筋有之候間、御郡方役場へ罷出べし。』との一通が、同人の手元に届きました。山城は即日出頭、野島馬三郎から委細の物語をきかされ、難有ありがたく御受けを致し、同時にんな註文を発しました。『仰せに従い、明三十日出頭致しまするが、この大任を果すめには、神職五人を要します。植田村神主武田豊後、大井出雲、この両人は平生から使いなれて居りますから、是非とも召し連れることとし、他の二人は彼地にて傭い入れることに致しましょう……。』

 山城は二月朔日を以て、約束の通り岩原村に到着、前記二人の外に、同村にて岡崎長門、西村若狭の両人を傭い入れ、同村氏神の社殿で、二日から四日まで三日の間、祈祷執行の段取りになりました。

 かかる間にも村内の形勢は、ますます悪化するばかりでした。かの長丞一家のものどもは、とてもヤリ切れなくなり、何所か親類の方へ逃げてしまいましたので、狂乱者達はその目標を変更し、今度は阿弥陀堂に行って、定福寺のっている祈祷の邪魔をするのでした。彼等は口々に罵りました。『コラッ! 坊主、只今の読方はふしまずいぞ! もっと高い声で呶鳴どなれッ!』『オイ坊主の月代さかやきの生えたのはみっともないぞ! きれいに剃らぬか!』『そんなヒヨロヒヨロの痩こけ坊主に、高い良い音声の出る筈はない。もちと甘いものでも喰わんか!』。そして不相変あいかわらず、日毎に狂乱者の人数は増加する一方なのでした。

 稲荷の神職久武山城等五名の祈祷は、予定の如く二月二日から開始されました。その時に於ては、狂乱者の人員、実に六十四人を算し、定福寺の場合と同じく、氏神の境内に集まり、雑言ぞうごん罵詈ばりたくましうし、役人達の制止も一向耳に入らないのでした。しかし久武山城は、相当しっかり者らしく、一座の修法が終った時、狂乱者の大将株と覚しきものを捕えて、問答を試みました。――

『汝等は一体何物であるか? 誠に犬神の所為ならば、この稲荷の神体小狐丸を知らぬ筈はあるまいが……。』

『それなら白状するが、実際長丞には犬神の関係はない。俺達はただ犬神をダシに使って、騒いで居るのだ。何を隠そう俺達は、阿波国祖父山の内、国政村梅の宮に千年以上も住んで居る古狸だ。先年国主様の鎮祭に依り、諸人へ化障を為す事を慎んで居たが、本年から年明ねんあきになったので、いよいよ思う存分、イタズラが出来る時節になったのだ。五十年ほど前にもこの村にやって来て、村の奴等を悩ましたことがある……。』

『これはけしからん、何故汝等は、特に当所を目指してイタズラを行るのであるか、その仔細を逐一申立てよ……。』

『…………。』

『早く白状せぬか?』

『…………。』

 いかに詰問しても、先方は返答をしない。その中日が暮れたので、止むなく問答を打ち切り、翌日又々修法に着手しましたが、乱民どもは依然として、髪をふり乱してんだり、はねたり、又わめいたり、到底人間世界に於ては、類例のなき狂態を演ずるのでした。山城は例によりて、彼等の中から弁舌の優れたもの四五人を選み出し、自分等の正面に座らせて問答を試みました。

『汝達はしきりに神代の事やら、源平合戦の事やらを口走るが、それは一体ドウいう理由か。又女の中で、在原業平さんが恋いしいなどと言うものもあったようであるが、いかにも奇怪至極だ。はたして汝達のいう通りの古狸にて、昔の源平合戦の有様を知って居るというなら、先以て汝達の近国、讃岐の八島で、両軍雌雄の合戦の有様を詳しく物語ってきかせて見よ。さあドウじゃ?』

『汝は稲荷さんに仕えて居る身分じゃないか』と、その中の一人が言い出した。『神主には猿田彦大神が、天孫を導かれた次第でもきかせてやるのが、筋に合って居らあ……。』

 すると他の一人の女が、傍から言葉くちを出しました。

『われこそは天鈿女命の化身なり。汝等平常神楽舞と唱え、わが古の姿を真似まねて、白粉の女面をかぶり、長髪を垂れ、緋袴を着して舞い歌ふは、甚だ以て奇怪なるぞ。以後は慎め!』

 そう言って髪を振り乱し、拍手合掌して、狂乱の限りを尽すのでした。

 山城もこれにはほとほと手古摺てこずり気味で、

『これこれそうふざけては困る。おとなしく早く本国へ引上げてくれぬか。汝達の望みというのは、一体んな事であるか?』

『別に他の望みはありはしない』と、一同口々に罵るのでした。『祠堂さえ早く建ててくれれば、いつでも鎮まってやるよ。』

 そこで神職一同協議の結果、二尺四面の小祠を建て、一尺許りの神鏡一個を納め、これに向って祈念をこらしたのでしたが、格別の効験もないのでした。

 百計尽きて神職一同は、二月八日を以て空しく岩原村を引きあげました。


一、事件の発端

目  次

三、いよいよ鉄血政策


心霊図書館: 連絡先