二つの怪奇な心霊現象

土佐の集団的怪現象

一、事件の発端

 土佐には古来、犬神憑いぬがみつきと称するものがあり、これに関する風説は、到る所に見出されますが、その犬神の正体は、まだ充分突きとめられていない。事によると、何等かの憑依現象が起り、取りとめのない言葉でも口走れば、その内面の詳しい調査もせず、すぐにこれを犬神の仕業にしてしまうような場合も、くないらしい。弘化元年(甲辰)長岡郡豊永郷岩原村の山民どもの間に起った、不思議現象なども、だんだん調査をすすめて見た結果、所謂なかんずく犬神なるものの内容が、ほぼ明らかになって来たように思われます。

 右の豊永郷岩原村というのは、野島通玄の支配にかかる、山間の僻村でありましたが、同年の正月十六日から、地下人ども二十幾人かが、すっかり乱心してしまい、同村百姓長丞は犬神使いであるから、これに懲罰を加えるのだと言って、同家へ乱入して、狼藉の限りを尽すのでした。すると長丞は、『自分は決して犬神使いでも何でもないのに、そんな無法な事をされては、迷惑至極である。何卒充分の御詮議を願いたい』と公儀に申出でました。豊永郷の大庄屋山本實藏、同惣老小笠原順平の両人も、途方に暮れ、その旨を書面に認め公儀に申出ました。

 そこで長岡郡支配の先遺役野島馬三郎(通玄)が出張して、仔細にしらべて見ると、百姓の長丞と申す者は、一般の人家から余ほど北の方に隔った、巌窟の下に家を構えて住んで居る変人なので、前々から村人との交際が円滑でなく、あの巌窟の内部には、犬神が籠って居るのだなどと言いはやされ、村の組合からも除名されて居る男なのでした。

 当年に入り、長丞は村人に向い、しきりに組合に加入させて貰いたいと頼みましたが、頑固な村人は一統不承知を唱え、素気すげなくその申出を拒んでしまいました。すると間もなく、同村の百姓寅藏なる者が、何物かに憑かれた様子で、いろいろの出鱈目でたらめを口走るようになり、しかもそれが伝染性を帯び、たちまちの間五六人の男女が、同じように変な事をのべるようになりました。

『こりァたしかに犬神の祟りだ!』――村人は一人として、そう信じない者はなくなりました。この事情は、直ちに御郡奉行青木忠藏の手元まで進達され、お追々の模様は、その都度報告するよう、かかりの役人に厳達されました。するといろいろの報告が、後から後から参るのでした。第一の報告は――

先達せんだつ御達おたっし申上げた通り、岩原村地下人共数人乱心仕り、いろいろと取り治めましたが、その後又々人数五人計り相増し、都合乱心の者十七人に相成り、一同前後の見境なく騒ぎ立て、その処分には、全く当惑致して居ります。病人ども申すには、長丞が願主となり、小さき堂を氏神の脇に献立してくれれば、鎮まってやる云々。由って長丞にその旨申含めましたところ、左様の事は自分の力には、到底及びませぬが、家内一同へ働切手を下し賜わり、お百姓株田地とも御買上げ下さらば、歓んで立退く旨を申出でました。りながら、此儀このぎも甚だ差閊さしつかえ有って、目下適宜の方策を考慮中であります。何分乱心者どもいよいよ荒立ちますので、隣村の者まで来て、監視して居る次第、誠に以て前代未聞の大変事で、このきドウなるか、到底予測致しかねます。……』

 右の書面を持参した使者の口頭報告は、一層要領を尽したところがあります。――

『不思議なことには、乱心者一同、夜分になると一向正気に返り、平気で仕事もすれば、談話も交えるのであります。翌朝も同断にて、山野に出かけて農事に従事致しますが、四ッ時(午前十時)になりますと、誰彼ともなく、自然農事を放り棄てて道端に集まり、ゾロゾロ勢揃いをして、惣老順平の宅やら、五人組頭共の宅やらへ押しかけ、歌ったり、舞ったり、又源平時代の昔物語などを試みたりします。そして間断なしに、あれ彼所へ沢山の犬神どもが押しかけて来た、などと呶鳴どなり立てます……。集まった連中の顔触れを見ますと、昨日の狂乱者の外に、幾名かの新顔が加わって居り、毎日毎日人数が増加する一方であります。試みに其者達そのものたちの家内に事情を尋ねて見ましても、今朝農事に出掛けるまでは、何もあやしき事はなかったそうで、恐らく狂乱者に交際つきあっために、病気が伝染したのでござりましょうと答える位のもので、一向要領を得られません。このままで打過ごしましたら、狂乱者の人数が殖える一方で、何とも手が附け兼ねるようになりましょう……。』

 第二の報告は正月二十四日の日付で、差配役畑山堅藏から差出されました。その要領をかいつまむと――

『だんだん大庄屋はじめ惣屋共から、事の次第を聞き及びますと、今から五十年前にも、岩原村の者十三人ほど、同様の状態に陥ったことがあるとの事で、その節は狂人共の申分に随い、長丞方で小宮を建て、お祭りをした所、すっかり鎮まったそうで、今回も同様小祠を建てるよう、長丞に勧めて居りますが、なかなか得心致しませぬ。去る十六日には、狂乱者二十名許りを集め、地下役付添で、長丞方へ出張させて見ますと、狂乱者達は、久しぶりで我家へ戻ったので、大いに安心だとばかりに、乱舞狂跳の限りを尽し、長丞を捕えて、いろいろ難題を持ち出し、果ては犬の吠えるような大声を発しながら、有り合う薪を引っつかみ、長丞に打ってかかりましたので、長丞はじめ家内一同、蒼くなって逃げ出したような始末であります。すでに先日以来、粟生村の定福寺の真言僧が、日夜祈祷をつづけ、法力でこの災難を鎮めんとりきんで居りますが、一向効験ある模様なく、祈祷中には尚更なおさら狂い暴れるような始末。その癖夜分になりますと、一同ケロリと正気にかえり、自分でもドウした事かと、乱髪を撫でて不審がって居るような訳で、只今の所、何等なんらこれを鎮める名案もありませぬ……。』

 お右の報告の末尾には、定福寺祈祷の状況をちょっと書添えてあります。――

『定福寺は岩原村の阿弥陀堂において、祈祷を修して居りますが、なかなか仰山な仕掛で、いかなる悪霊邪鬼も退散しそうに見えますが、しかしその効験は意外に薄く、祈祷最中一同の暴ばれ方は、一層物すごいものがあります。いずれも乱髪になり、大音声で神代の事、源平会戦の次第などを、無茶苦茶に呶鳴どなり立てます。無論前後の脈絡等は、一向について居りませぬが、無学文盲な山奥の人民の仕業としては、何とも合点が参り兼ねます。その人数も、最近には四十余人に上って居ります……。』

 右の書翰しょかんによりて、土佐藩でもいよいよ頭脳あたまを悩まし、更に差配役藤崎信八を派遣し、臨機の処置を執らせる事にしました。


はしがき

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二、祈祷の失敗


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