霊界通信の種々相

諸君は何を求めて爰に来れる?

――モリス夫人の入神講演の要旨――


 入神講演家として、現在英国の天地を震撼せしめつつあるミューリッグ・モリス夫人は、本年五月六日の夜、マンチェスタア市のホールズウォース講堂で、数千の聴衆を前にして、『諸君は何を求めてここきたれるか』という標題で、約四十分間にわたり大演説を行った。無論それは同夫人の司配霊、『パワア』と名告る男性の霊魂の演説であって、同夫人は単にその躯を司配霊に貸していたに過ぎない。

しも諸君が「パワア」を信じないとすれば、諸君はモリス夫人が現代、否恐らくはすべての時代を通じての、最も卓絶した婦人雄弁家であることを承認せねばなるまい。』

 プリストル市の『イヴニング・ウアールド』紙が、かく讃美して居る如く、モリス夫人の入神講演は、よほど非凡なもののようである。夫人が演壇に現われたる風采は、楚々として露をも厭ふような塩梅らしいが、やがて瞑目少時にして、椅子から起ち上った瞬間には、その人格はすっかり転換して居り、堂々たる男子の態度で、着て居る天鵞絨ビロード服のリボンを鷲掴みにして、深味のある次低言で喋り出すのだそうである。左に右の講演の要旨を紹介する。――

パワアの演説

 私の今夕の演題は、『諸君は何を求めてここに来れるか?』というような事にして置きます。諸君は人類として、自分を取り捲く、驚くべき自然界の美を注視されて居るのでありましょう。諸君は四季の往来を御覧になった。諸君は『不思議』と言わねばならぬ万象の裡に生活された。が、最初から此等に親しんで居る為めに、諸君はそれ等を当然の事柄と思考されるようになった。

 私は物心づくと同時に、絶えず人生の真意義を見出すべく研究を進め、その結果、万有の裡に表現する所の、或る偉大なる力の実在を認識することになりました。その偉大なる力は、古来『神』という名称で呼ばれて居たが、神の観念は、時代によりて、人の心が変化するにつれて変化し、そこで、宗教と信仰とは、人類の発達に伴なひて、変化する性質のものであると称せらるるに至ったのであります。

 太古の未開時代にありては、人々はその偉大なる力を捜した結果、一神を崇拝するかわりに、多くの神々を崇拝したが、やがて歳月の経過につれて、それ等はすべて合流して、ただ一つの人格神となった。科学のさかんなる現代にありては、更に又思想の変化が起り、神は一切の万有中に内在する所の、一の力であると思考さるるに至りました。

 われわれは偉大なる文明が生れては、又滅び行くのを見た。われわれは偉大なる体系が組織されては又崩壊し行くのを見た。それはようやく人類の発達がしからしむるのであります。が、人類の発達とは、そもそも何事を意味しますか? 人類の形態が、時代を通じて発達したという意味か? それとも何等か他に発達を遂げたものがあるであろうか? そもそも物質界は、ただ一つの偉大なる力の、外面的表現に過ぎない。換言すれば、無形の力が有形化したものに過ぎない。で、人類が進化の道程を辿る間に、形態的に顕著なる変化を遂げたことは事実であるが、しかし真に宗教的に、又真に科学的に考察することを知らない人々には、人間の真相は、到底判り得ない或る物のようであります。

 私が斯く思い切ったことを申上げるのは、死と称する関門をくぐった為めに、私の視界が前日に比して、遥かに拡大したが為めであります。私には人生の真の大目的が、何であるかが判るようになった。私には何が為めに、諸君が地上に発生したかの理由を洞察し得るようになった。私には劃一かくいつ主義が絶対に誤謬であること、しかし統一協調主義が、宇宙の真理である事が充分腑に落ちて来た。

 われわれは諸君に一つの宗教を提供するのみならず、一つの精神科学をも提供しようとするもので、幸いにも諸君がこれに拠ってくださらば、諸君の地歩は、高き磐石の基礎の上に置かるることでありましょう。

 人類を強くさせる最大の秘訣は、人類の負担すべき大なる責務を、明確に認識させることであります。

 ところで現在諸君が接触しつつある所のキリスト教――あの教は、明らかに二元的観念の上に立って居ります。他にあらず、それが善と悪との対立的存在を認めることです。これは非常な損失だと思います。今夕私はここに現われて、断乎として諸君に斯く呼びかけます。曰く善も悪も共に同根より出でただ両者の間に程度の差違が存在するのであると。宇宙間にはただ一つの力しかない。悪とはただ無智の別名に過ぎないもので、し魂が向上発達すれば、悪はそれにつれて諸君から離れ去ります。人間には、ただ物質的肉体が存在するばかりでなく、魂の用ゆるエーテル体がある。そのエーテル体は肉体の内部に滲透している。が、しかし全然独立した別個の存在で、その属する他界の組織元素と同一であることは、丁度肉体が物質元素から成立していると同様である。

 御承知の通り、生命は到底不滅で、どんな道徳上の罪人でも、矢張り死後の生存を続けます。どんな罪人でも、どんな無神論者でも、その点に相違わない。滅びたいと望んでも、そればかりはとてもできない相談である。そこで、死の彼岸に於て、ドウすれば最大の幸福に浴し、最高の歓喜に浸り得るかという問題に逢着するのですが、それは畢竟ひっきょう、生活の様式如何に係るのであります。心霊料学の指示する所によれば、諸君は地上の生活中、時々刻々、諸君のエーテル体を築きつつあるので、エーテル体は要するに、肉体のそっくりそのままの模写に外ならない。神霊主義の神髄に触れていない方には、何故にそのエーテル体が肉眼に見えないかを怪しむでしょうが、それはガラスの杯の中の微生物と同様であります。顕微鏡の力を借りなければ、諸君は微生物を見ることができない。これと同様に、魂の力を借りなければ、諸君はこのエーテル体を見ることができないのであります。

 しもわれわれが、所謂神と称する偉大なる実在の一部分であることを知れば、完全円満の成果をもたらすべき可能性が、自己に内在する事を自覚し得るでしょう。そして経験の上に経験を積み重ねることによりて、われわれは最後に、一の神人となるべき資格があることを認め得るでしょう。が、それは全然各自の心懸け一つにかかります。私どもの使用するエーテル体は、魂の大なる働きを表現するに適応した、一種の要素から成ります。諸君は地上の物質で出来上った肉体を有っています。地上の生活には、地上生活相当の慾望があり、要求があります。時とすれば、諸君は知らぬがほとけで、大自然の法則を無視した行動を執り、その必然の結果として、苦悩を味わいます。が、しも諸君が自然の法則に順応しさえすれば、肉体を通じて現わるる神の意思の表現に、一点の齟齬はないのです。

 人が完全の域に達するのは、独り経験によるのみです。真の人格は、常に外観の背後に控えて居ります。それは丁度夜光の珠が、その包被の奥に隠れているが如きものであります。が、人が一たん豁然として、天国が自己の内部に存在することの真理をさとった暁に於ては、その結果は、いかに驚歎に値するでしょう。彼は地上に生を営みながら、一切の万有と一つであるのみならず、死の関門の彼方に住む人達とも、一身同体であるでありましょう。

 過去に現われた、一切の啓示もそうであったが、近代神霊主義も亦、人類救済の一の大使命を果すことになります。宇宙間にただ一つの力、ただ一つのエネルギーしか存在しないこと、従って一切の事物はその一つの力の表現に過ぎないこと、従って其の力が正しき方向に用いらるるにあらずんば、必然的に自分自身の破滅をもたらすべきこと。――この真理が諸君の心胸に徹する為めに、近代神霊主義は発生したのであります。

 うした思想上の大変動は、各人個々の努力によらなければ、到底実現の見込みこみはない。試みに活眼を開いて、現在世界の大勢を御覧ください。国民的見地にちて、事物を観察するかわりに、諸君はそろそろ国際的見地から、事物を観察せんとしかけて居るではありませんか。やがて諸君はそうした見方すらも、お余りに弱小過ぎることを感ずることになるでしょう。兎に角大きく求むる際に、大きな答が現われます。人類現下の大目標は、世界人類の同胞的精神の発露であります。

 お諸君に取りて、当面の問題は、物質科学に接触したと同様に、心霊科学に接触することであります。霊媒能力が世界に於て最大の用途を見出すのは、一般に精神的大覚醒が普及してから後の事に属します。ここで一言御注意までに、霊媒現象がドウして発生するかを申し上げたい。これは人類が、多くの媒体を持って居るからであります。諸君は物質的肉体を有すると同時に、科学者の所謂エーテル体をも併せ有します。霊媒現象が起るのは、畢竟ひっきょうこのエーテル体が存在するからで、エーテル体には、大体二つの用途があります。第一は肉体の原子的構造を擁護する任務、第二はこれを以て、他界の居住者と交通連絡を講ずる任務であります。

 近代神霊主義の使命は、実に重大であります。それが統一協調の大原則を人類に教えた丈でも、実に偉大なる業績で、世界平和の関鍵かんけんは、全然これにかかって居ります。又この真理が充分に徹底する事によりてのみ、思想の大道は、初めて各方面に開通します。今夕私はこの婦人の肉体を借りて、所信の一端を披瀝ひれきしましたが、ここではお暇を告げるに先立ち、御一緒に魂の交流を試みようではありませんか。(そう言って『パワア』は短き祈祷の文句を述べ、それが終ると、モリス夫人は間もなく常態に復した)。


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