霊界通信   新樹の通信   第二篇

乃木さんと語る

(二)新樹の訪問


 私が初めて新樹の守護霊(佐伯信光)にたのんで、乃木さんの近状を偵察して貰ったのは、昭和五年十月七日の午後でした。すると守護霊からの報告はうでした。――

『乃木という方は、モウ幽界こちらで立派に自覚してられます。で、私がこの方と通信を試みるのは、いと易いことでござりまするが、近代の方との交通は、矢張り乃木さんを知っている新樹の方が、万事につけて好都合であります。私は年代が離れ過ぎているので、少しもその経歴を知らず、質問をするにも、至って勝手がよくない。むろん新樹が乃木さんを訪ねるにして、私が側に控えてるにはりますが……。』

 この答は至極道理もっともだと考えられたので、私は佐伯さんに退いて貰い、その代りに新樹を呼び出し、早速乃木さん訪問を命じました。不相変あいかわらず幽界の交通は至って敏活で、約十分間後には、早くも新樹の報告に接することができました。新樹はいつもよりずッと緊張した、謹直な態度で語り出でました。――

 只今ただいま乃木さんに御目にかかって参りました。乃木さんはモー立派に自覚してられます。生憎僕とても、生前直接に乃木さんの風丰ふうぼうに接したことは一度もありません。乃木さんが出征された時分に、僕はようやく生れた位のものですからネ。従って僕の乃木さんに関する知識は、ただ書物で読んだり、人から聴いたりした位のところです。幸い僕は大連に住んで居ました関係から、乃木さんが畢生ひっせいの心血をそそがれた、旅順口附近の古戦場には、生前何回か行って見ました。そうそうお父さんが洋行される為めに大連に立寄られた時にも、御一緒にあの爾霊山高地に登りましたネ……。僕はあの忠魂碑の前に立った時に、いつも四辺あたりを見廻 はして、さぞこの高地をるのは困難であったろうと、当年の乃木さんを偲んだものです。で僕は、乃木さんに向ってう切り出しました。――

『私は淺野新樹と申す名もなき青年で、生前ただの一度も、あなたにお目にかかったことはございませんが、無論あなたの御名前は、小供の時分からよく存じてります。ことに大連に住んでった因縁から、あなたの当年の御苦戦の次第は、つくづく腸にしみてります。至って弱輩の身ではありますが、共に幽界の住人としてのよしみもって、これからは時々おたずねさせて戴きます……。』

 僕がそう云うと乃木さんは大へんに歓ばれました。乃木さんは写真で見た通りのお顔で、頭髪も髭髯ひげほとんど真白で、随分お爺さんですネ。和服をつけて、はなはだ寛ろいではられましたが、しかし風評うわさのとおり、その態度は謹厳そのもので、はなはだ言葉少なにしてられました。

 僕は先ず乃木さんに向い、戦死したお子さん達の事につきて、御挨拶を述べました。御自分の子供のこととて、さすが乃木さんもちょっと御容子が変りました。――

『子供達は 陛下の為めに戦死したので、可哀想ではあるが、他の死に方をしたのとはちがって、別に心残りはない……。』

 口では飽まで強いことを仰ッしゃってはられました。たしか兄さんの名は勝典、弟の方は保典というのでしたネ。全くお気の毒なことでした。だんだん伺って見ると、乃木さんという方は、生前から幾らか霊感のあった方のようでしたネ。『子供達の戦死した時には、わしにはそれがよく判ってた……。』そう言ってられました。

 それから僕は思い切って、乃木さんにたずねて見ました。――

 『ドウいう理由わけであなたは自殺をされました? 貴い生命いのちを、何故あなたは強いてお棄てになられました?』

 僕がそう言っても、乃木さんは容易に返答をされませんでした。重ねて訊ねますと、ようやくその重い唇がほころびました。

『自分の自殺したについては、いろいろの理由がある。二人の子供を亡くしたのも一つの理由ではあるが、他にもッと重大な事情……ツマリ、陛下に対し奉りて、何とも申訳がないと思うことがあったのじゃ。何よりもあの旅順口で、沢山の兵士を失ったこと、それが間断なく、わしたましいにこびりついてたのじゃ。そうするうちに 陛下が急にお崩御かくれになられ、わしは一散に世の中が厭になった……。』

 そう言われるのをきいた時に、僕も悲しい気分になりました。

『この方は立派な軍人だが、心の中は何んと優さしい方であろう。』――僕はしみじみとそう感じました。

 乃木さんは死んでも、まだ忠君愛国の念に充ち満ち、所中 明治天皇の御霊みたま近く伺われるようですネ……。


乃木さんと語る
(一)彼岸の調査

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乃木さんと語る
(三)新樹を中継として


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