霊界通信   新樹の通信   第一篇

(七)母の守護霊をおとな


 前回の通信を受取ってから間もなき昭和五年一月四日、午前九時頃に、彼の父は又亡児を呼び出してたずねました。――

『あれからおまえはお母さんの守護霊を訪問したか?』

 亡児はすこぶる元気よく答えました。――

『ええ早速訪問しました。つまりいつかの約束を実行した訳なのです。』

 そう言って彼はボツリボツリその際の状況を物語るのでした。――

 この訪問については、僕は無論まえもって指導役のお爺さんの諒解を求めて置きました。お爺さんは、それは結構だと言って、大へん歓んで呉れました。

 僕は現世にた時のようにやはり洋服を着て出掛けました。元から僕は他を訪問する時にはちゃんとした風をして行くのが好きで、その心持はこちらへ来たって少しも変りません。ナニその時の僕の姿ですか……では早速お母さんの霊眼にお目にかけます……。

 後で彼の母の物語るところによれば、生前愛用の渋味のある茶っぽい洋服を一着に及び、細いステッキを携えた新樹の身軽な服装が、鮮明に眼裏に映ったということです。

 亡児の物語は尚お娓々びびとしてつづきました。――

 さて先方へ着いて見ると、むろん守護霊さんはよろこんで僕を迎えてくださいました。

『まァあなたの今日の御様子はすっかりこの間とはちがいますね。』

 そう言って、物珍らしそうに僕の洋服姿に見入ってられるのでした。二十世紀の若い洋服青年と、足利末期の上臈姿の中年の婦人との取り合わせなのですから、実際よっぽど妙だったに相違ありませんね。あえて時空を超越しているほどではないのですが、よもやんな芸当ができようとは、僕生前ちっとも想像してりませんでした……。

『私はんな粗末な、狭い場所ところりますので。』と守護霊さんはどこまでも同情深く『さぞあなたは窮屈で面白くないでしょう。どこか他所よそへお連れしましょう。』

『イヤ一ぺん守護霊さんの住んでられる場所ところを見せて戴きます。』と僕が申しました。『窮屈な位はちっとも構いません。それが済んでから何所どこかへ案内して戴きましょう……。』

 先日守護霊さんのお言葉にもあった通り、あの方は矢張りお宮に住んでられるのですね。場所は海岸の非常に閑静な……イヤむしろ閑静を通り越して物寂びしい位のところで、屋根は銅葺きの、あまり大きくないきれいなお宮です。『これが守護霊さんの何百年かに亘る長い長い歳月の間静かに鎮まっていられるお宮か……。』と思うと僕は何とも言われぬ厳粛な気分に打たれました。帽子を脱いで扉の内部なかはいって見ると、一面に板の間になっていて、奥の正面の個所ところに神さんがお祀りしてあるばかり、家具だの、什器だのと言ったようなものは何一つも見当たらない。まことにさっぱりしたものでした。『んなところで修行三昧にひたっているから守護霊さんは霊能が優れているのだ……。』僕はつくづくそう感心しました。これというのも皆その人の性格から来るのでしょう。僕なんか、あんな生活はとても御免だ……。

 守護霊さんは何のもてなしもできないで困ると仰ッしゃって、大へんに気を揉まれました。

守 『何所どこへお連れしましょうね? あなたはどんな場所ところがお好です?』

僕 『場所なんか何所どこだってっとも構やしません。それよりか僕ゆっくり守護霊さんからお話を伺いたいです。』

守 『そうですか。ではこの上のお山は大へん風景のよいところですから、そこへお連れしましょう。』

 僕達は早速上の山へ行きましたが、あたりは樹木鬱蒼うっそうと生え茂り、一方にチョロチョロした渓流があって、大きないわがほどよくあしらわれ、いかにも絶勝の地ではありましたが、しかし僕にはそんな場所は何やら寂びし過ぎるように感じました。

僕 『守護霊さん、あなたはここで修行をされたのですか?』

守 『自分はドーいうものかんなさびしい場所が好きで、修行は大概ここへ来てやりました。あの水辺の大きないわの蔭、彼所あそこが私の一番気に入った所です。』

 守護霊さんは、それが当然あたりまえだというふうに仰っしゃるのですが、どうしてそんな気持になれるのか、僕にはむしろ不思議な位でした。『何んだってんな陰気なところで修行されるのだろう……イヤだナ。』――僕は実際そう思いました。しかし好きも嫌いも、皆その人の性質の反映ですから、こればかりは致方がありませんね。地上の生活でもそうしたおもむきがありますが、こちらへ来るとそれが一層顕著なようで、善悪に係らず、めいめい自分の落つく場所ところに落ちつくより外に途がないようです。

 僕達の間には自然修行についての談話も出ました。――

守『私の修行と言ったらつまりおもに統一をやるのですが、あなたもやっぱりそうでしょう。』

僕『むろんそうです。が、僕なんか、まだまだ駄目です。ドーも雑念妄想がいつの間にか、むらむらときざして来て弱ってしまいます。これからみっしり努力するつもりで……。』

守『あなたは何所どこで修行をなさいます?』

僕『僕は矢張り自分の室でやるのが一番気持が良いです。僕んな陰気な山の中などで坐るのはイヤです……。』

 構わないと思って、僕そう言ってやりますと、守護霊さんは微笑を浮べて『こんなさびしい場所ところへ連れて来て、ほんとうにお気の毒です。』と言われました……。

 精神統一の話につづいて、僕は再び守護霊さんの身の上話をきこうとしましたが、矢張り駄目でした。『大へん年数もっているので記憶が薄らいでしまった……』そんな事を言われるのです。ドーも当年の事を想い出すことが多少苦痛なのでしょうね。お母さんの守護霊さんの経歴は、一つお父さんから直接じかにきいてください。僕の手にはちょっと負えません……。

 つづいて守護霊さんは不相変あいかわらず、僕に向っていろいろの事をかれました。僕が幼少の時の事、学校時代の事、それから歿くなる時には何所どこたかというような事……。僕仕方がないから大体話して置きました。詳しい事は守護霊さんからきいてもらいます。矢張り僕のことを自分の子供のように思うらしく、いろいろ世話を焼いてくれます。僕の方でも、お母さんとも少しちがうところがあるが、いくらかそんなような気持がして、自然無遠慮な言葉くちもききます。

『そんなに僕の生前の事をおききになりたいならいずれゆっくりお話し致しましょう。材料なんか沢山ある……。』僕そう気焔を吐いて置きました。

 兎に角お母さんの守護霊は、歿なくなってから相当長い歳月としつきけみしているので、その修行も、われわれとはちがって大分出来ている様子に見受けられます。優しい中に、なかなかしっかりした所のある方です。からだはどちらかといえば痩ぎすで、すんなりしています……。

 亡児の報告は大たい右のようなものでした。例によりてそれと入れ代りにつづいて彼の母の守護霊に出てもらい、亡児との会見の顛末を物語らせました。それはうです。――

 この間は小供がたずねて来て大へんに失礼しました。私の住居はあんな粗末なところでございますから、ほんとうにお気の毒に思いました。でも大そうさばけた小供で、是非私の住居を見たいと申しますから、内部なかへ案内しますと『大分僕達とは勝手がちがう……。』と言ってしきりに四辺あたりを見まわしていました……。

 私は別にお宮に住みたいと思ったわけではないのですが、ドーいうものかお宮という事になってしまいました。んな事は自分の一存にのみも行かないところがあるのです……。

 あの子の服装みなりは、この前会った時とは、すっかり変っているので、びっくり致しました。あれが只今の時代の服装なのですね。なかなか大きな男でございますね……。

 それからあなたも御存じのあの裏の山へ案内して、其所そこでいろいろ物語りを致しました。その時子供はんな面白いことを申しました。『この山は大へん良い景色ではあるが、しかし現界の山とは何所どこやら気分がちがう。達者な時に随分山登りもやったが、この山で感じるような気持にはただの一度もならなかった。ここに立ってると自然と気がシーンと沈んでしまう……。』そう言って大へん感心してるのです。矢張り私の修行するように出来ている山なのですからあんな陽気な気分の子供には寂びしくて仕方が無いのでございましょうね。兎に角幽界こちらへ来てからは、めいめい自分に適した境涯に落ちつくより外に、致方がないものと思われます。

 それから、私はあの児の幼少の時代からの事をいろいろとたずねました。あなた方には別に珍らしくも何ともない事柄でございましょうが、私には非常に興味の深い物語でした。かいつまんで筋道丈を申しますと、あの児の申したことは、大たいう云うようなことでございます。――

『僕は幼少の時からからだが丈夫で、なりいたずら坊主でもあった。んな事をいうと他人ひとが笑うかも知れないが、学問もよく出来た方で、大へんに父母にも可愛がられた。僕も一生懸命勉強し、次第に上級うえの学校に入り、二十二歳の時に長崎の高商を卒業した。守護霊さんとは時代がちがうからお判りになるまいが、卒業後には直ちにクワイシャというものにはいった。しばらくしてから、そのクワイシャから遠方へやられ、其処そこ歿なくなった。立派な人になろうと思って大に気張って働いたものだが、思いも掛けない病気の為めにんなことになり、両親にも気の毒でたまらない……。』

 んな話をしてうちにだんだん悲しそうな様子が見えましたから、これはけないと気づきまして私は早速話頭をかえました。――

問 『あなたは只今遠い所へやられたと言われましたが、それは何という所です?。』

答 『大連というところです。』

問 『その大連という所はどんな所です?。』

答 『大へんに賑かな立派な市街まちで、家屋なども内地より却って上等です。』

問 『そこであなたはどんな仕事をしてたのですか?』

答 『無論クワイシャの仕事をして居ました。其処そこでも大へん皆さんから可愛がられ、僕は非常にそこの勤めが好きでした。又僕はいろいろの事に趣味が多いので、何所へ行っても退屈ということを知りませんでした。中でも僕が好きなのは、音楽と絵画で、大連で描いた絵なども可なり沢山あります。……。』

 良い塩梅にこんな話をしてうちに、子供は再び元の快活な状態に戻りました。一たいにあの児は陽気な資質たちなのでございますね。あんな陽気な児が、むざむざと夭死わかじにしたというのは、ほんとうに可愛想だと思います……。

 でも、夭死わかじにしたので、それがこちらで奮発する種子たねになるのでございます。『このまま空しく引込んでしまうのはあまりに残念だ。これから大に修行して幽明交通の途を開き、大に父を助けて御国の為めに尽そう……。』口には出しませんが、あの児の思いつめていることはよく私に感じます。これから後も、私はつとめてあの児に会うことに致しましょう……。

 この日彼の母の守護霊が私に物語ったところは大たい右のとおりでした。うれしいのは、両者の間に、次第に母子の関係らしい、親しみの情が加わりつつあることで、彼の父としては、そうした傾向を今後一層助長させたく切望してる次第であります。


(六)母の守護霊を迎う

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(八)一週忌前後


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