霊界通信 新樹の通信 第一篇
(二) 果して本人か?
さてこれから新樹の通信を発表するにつけ、この仕事に対して全責任を有する彼の父としては通信者が果して本人に相違ないかドーかを先ず以て読者にお伝えすることが順序であると考えます。これに関して充分の考慮が払われて居なければ、畢竟新樹の通信とはただ名目ばかりのもので心霊事実として一向取るに足らぬものになります。不敏ながら彼の父とても心霊研究者の席末を汚して居るもの、この点に関しては常にできる限りの注意を払いつつあるのであります。
すでに述べたとおり真先きに新樹の霊魂を呼び出したのは彼の伯父で、そしてこの目的に使われたのは中西霊媒でした。彼の父は多大の興味を以てこの実験に対する当事者の感想を叩きました。するとその答は斯うでした。――
『あれなら先ず申分がないと思う。本人の言語、態度、気分等の約六割位は髣髴として現われて居た。自分は前後ただ二回しか呼び出さないが、若しも今後五度、十度と回数を重ねて行ったら、きっと本人の個性がもっと完全に現われるに相違なかろうと思う……。』
比較的公平な立場にある、そして霊媒現象に対して相当懐疑的態度を持する人物の言葉として、これはある程度敬意を払うべき価値があると思われます。
彼の父が自身審判者となりて中西女史を通じて初めて新樹を呼び出したのは、それから約一ヶ月を隔てたる四月の九日でした。その時は幽明を隔てて最初の挨拶を交したまでで、さして伝うべきほどの内容を有しませんでしたが、ただ全体から観て成るほど生前の新樹そっくりだという感じを彼の父に与えたのは事実でした。が、研究者としての立場から観た時に、それは確証的なものではありませんでした。彼の父はあせった。『何とかして動きの取れない証拠を早く挙げたいものだ。それにはただ一人の霊媒にかける丈ではいけない。少くとも二三人の霊媒にかけて対照的に真偽を確めるより外に途はない……。』
そうする中に亡児は一度粕川女史にかかり、つづいて七月の中旬から彼の母にかかりて間断なく通信を送ることになりました。『これで道具立ては漸く出来かかった。その中何とかなるだろう……』――彼の父はしきりに機会を待ちました。
月が八月に入りて漸くその狙いつつあった機会が到着しました。同月十日午前のこと、新樹は母の躯にかかり、約一時間に亘り、死後の体験談を試みましたが、それが終りに近づいた時彼の父は不図思いついて彼に向って一の宿題を提出しました。――
『幽界にも大廟は必らず存在する筈だ。次回には一つ大廟参拝を試み、そしてその所感を報告して貰いたいのだが……。』
『承知しました。できたら行りましょう……。』
するとその翌日中西女史が上京しました。彼の父はこの絶好の機会を捕え、直ちに新樹の霊魂を同女史の躯に呼んで、昨日彼の母の躯を通じて提出して置いた宿題の解決を求めました。
『昨日鶴見で一つの宿題を出して置いた筈だが……。』
そう言うより早く新樹は中西霊媒の口を使って答えました。――
『ああ、例の大廟参拝ですか……。僕早速参拝して来ましたよ。僕、生前に一度も大廟参拝をしませんでしたから、地上の大廟と幽界の大廟とを比較してお話しすることはできませんが、ドーもこちらの様子は大分勝手が異うように思いますね。絵で見ると地上の大廟にはいろいろの建物があるらしいが、こちらの大廟は、森々とした大木の茂みの裡に、ごく質素な白木のお宮がただ一つ建っているきりでした……。』
彼はこれに附け加えてその際の詳しい物語りをするのでした。委細は他の機会に紹介することにして、ここで看過してならぬことは、彼の母を通じて発せられた宿題に対し、彼がその翌日中西霊媒を通じて解答を与えたことでした。
『先ずこれで一つの有力な手懸りが附いた。』と彼の父は歓びました。『思想伝達説を持ち出して強いて難癖をつければつけられぬこともないが、それは死後個性の存続説を否定すべくつとむる学徒達の頭脳からいねり出された一の仮定説に過ぎない。自分は難癖の為めの難癖屋にはならぬことにしよう。多くの識者の中にも恐らく私の態度に左袒される方もあろう……。』
翌くる十二日の午前、彼の父は鶴見の自宅に於て、今度は彼の母を通じて亡児を呼び出しました。
『昨日中西さんに懸って来たのは確かに汝に相違ないか?』
『僕です……。あの人は大変かかり易い霊媒ですね、こちらの考えが非常に迅く感じますね。』
『モ一度汝の母の躯を使って大廟参拝の話をしてくれまいか、少しは模様が異うかも知れない。』
『そりゃ少しは異いますよ。斯うした仕事には霊媒の個性の匂と言ったようなものが多少づつ加味せられ、その為めに自然自分の考えとピタリと来ないようなところもできます。お母さんの躯はまだあまり使い易くありませんが、矢張りこの方が僕の考えとしっくり合ってるようです。もっとも僕の考えて居ることで、微妙いところは、途中でよく立消えになりますがね……。』
斯んなことを言いながら彼は大廟参拝談を繰りかえしたのでしたが、彼の母を通じての参拝談と中西霊媒を通じての参拝談との間には、ただ長短精粗の差があるのみで、その内容は全然同一物なのでした。
彼が一度粕川女史に懸ろうとしたことも事実のようでした。八月四日午前彼は母の躯を通じて問わず語りに次ぎのような事をのべました。――
『僕一度あの御婦人……。粕川さんという方に懸ろうとしました。折角お父さんがそう言われるものですから……。けれどもあの方の守護霊が躯を貸すことを嫌っているので、僕使いにくくて仕方がなかった……。僕たった一度しかあの人にはかかりませんでした……。』
新樹と交通を開いた当初に於て手懸りとなったのは先ずこんな程度のものでしたが、幸にもその後東茂世女史の霊媒能力が次第に発達するに従い、確実なる証拠材料が弥が上に積み重ねられ現在に於ては果して本人に相違ないかドーか? と言ったような疑念を挟むべき余地は最早全然なくなりました。東女史の愛児相Xさんと新樹との間には近頃あちらで密接なる交友関係が締結され、一方に通じたことは直ちに他方に通じます。そして幽界に於ける両者の生活状態は双方の母達の霊眼に映じ、又双方の母達の口を通じてくわしく漏されます。ですから、よしや地上の人間の存在は疑われても、幽界の子供達の存在は到底疑われないのであります。
斯うした次第で、彼の父も母も之を亡児の通信として発表するに少しの疑惑を感じませぬが、ただその通信の内容価値につきては、余りに之を過大視されないことをくれぐれも切望して止みませぬ。発信者はホンの幽界の新参者、又受信者はホンの斯界の未熟者、到底満足な大通信の出る筈はありませぬ。せいぜい幽明交通の一小標本位に見做して戴けば結構で、真の新樹の通信は之を今後五年十年の後に期待して戴きたいのであります。
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