ステッドの通信

三一 胡桃割り


ステッド『あなた方にははっきり腑に落ちぬかも知れぬが、実は地球はわれわれに取りて最早そう大したものではない。それはわれわれの魂の育児室ではあった。ちっぽけな暴風雨、手習草紙式の道徳、小供じみた思想と伝説、等の見習所ではあった。しも地上にわれわれの残して置いた愛する者さえなかったら、しも其所そこにわれわれのなつかしき過去の思い出の種子がなかったら、われわれは全然地上生活などに頓着はしなかったであろう。

われわれには地上の諸問題がさして重大であるとはドウしても考えられない。われわれは、肉の衣裳を脱ぎすてて、こちらの世界に歩み入ると共に、それで充分の発達を遂げ得たとは決して考えないが、しかしわれわれはいかなる地上の人間も感ぜぬ位の大なる力、大なる強さをっている。イヤっているのではない。われわれはドウやら力そのものであるらしく見える。こちらへ来て見るとその力がちゃんと備わっているのだ。われわれはいつになってもそれを失うことがない。われわれは老いもせず又疲れもしない。あなた方には幾月幾年にわたりて一の思想の連続を徹底的に遂行することができようとは思えまい。ところが私は今現にそれをやっている。私は少しも眠らない。私は何かある重大なる問題に注意を喚ばるるまで、決して思索を中止することがない。私はいろいろに岐るる思想の諸系統に向ってドシドシ研究の歩を進めつつある。が、それは少しも苦労にならない。丁度栗鼠りす胡桃くるみを囓るような具合に楽んでやっている。

『地上生活と幽界生活との相違の一つは、こちらで口腹を塞ぐ営養えいよう物を全然必要としないことである。ただし精神的の糧は大に必要である。で、しも精神的の糧が容易に手に入らぬものであるなら、往時むかしの通りに掠奪だの、競争だのが行われるかも知れないが、幸にもそんなうれいは少しもない。

『連綿として絶えざる思想の連続は常に私をたのしませる。何となれば、ある特殊の胡桃を割ることに成功すれば、その核は永久に私の糧となりて、いい知れぬ無形の満足感を満喫せしむるから……。

『芸術家などの必要とする無形の糧だとて、もちろん別に変りはない。彼等は一般人よりも一層鋭利な、一層精妙なエネルギイを有っていて、それで美術を創造する。美術とは単なる美のみでない。それは矢張り生の表現なのである。ただ私などは物の美的表現よりも、むしろ物それ自身の本体に興味を惹く。火から出る焔よりも、むしろ火を構成する内面の装置を知りたく思う……。』(四月十三日)


三〇 過去と未来

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三二 知識伝達法の改良


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