ステッドの通信

三〇 過去と未来


ステッド『霊界においてはすべてが永久に保存される。――これは事実であるが、ただ過去が化石状態で保存されるというのとはすっかり意味がちがう。われわれが過去を振り返る時に、いかなる時代のいかなる事件もまざまざと出現する。過去のページがさながらにひらかれ、ありし日の事件が実地に再現する。印刷された書物のような、あんな鈍重なものとは訳がちがう。どんな昔の人物でもが活きて、動いて、立派に実在する。――商人はその帳場に働き、小僧は街衢がいくを馳せまわり、家婦は門口で物を買う。絵画かも知れないが、それは動く絵画だ……イヤ絵画でなくて実物そのままだ。

『これと同様にわれわれは又将来を望むこともできる。将来も同じく一の活歴史だ。私には今後に於て何が欧州に起り何がアメリカに起るかが判っている。が、あなた方の心が現在の実物にすっかり占領されているので、あなた方は到底これを認知し得ない。昔からよくいう予言――あれは幽界の居住者にして未来を眺めたものが不透明な霊媒を通じてその知識を地上に伝えたものに過ぎない。ホンの少数のすぐれた霊魂のみが、時折世を照らす箴言しんげんを見出し得る。が、真に精確無比の予言を伝達することは困難である。しもジェレー博士の、こちらで試みつつある実験が成功すれば、もっとすぐれた、もっと精確な、そしてもっと他を首肯しゅこうせしむる通信がやれるようになるであろう。その時こそ初めてわれわれは地上の人々の要求するとおりの証拠を提供することもできるであろう。ただし、その時でも矢張り懐疑論者は決して種切れにはなるまい。彼等はきっと何とか理窟りくつをつけてその握りつぶしにかかるであろう。死者が生き返って見せたところで信じない者は信じない。

『兎に角証拠はますます現われるが、証拠と信仰とが別物であることは前にのべた通りである。信仰は人の霊性の一部分であって、外部からは附け加えられない。

『いかに絶望を味わっても、悲惨をめても、人間は神に対する信仰を失わない。彼は神が自己の苦労煩悶に対して責任あるとは感じない。苦労煩悶は地上生活につきものであるから、それが多ければ多いほどますます隠れ家を神に求むべきだと感ずる。かくして彼は神を礼拝し、これによりて助けられ、これによりて慰められる。神につきての彼の観念ははなはだ不徹底であるが、それにも係らず、その観念こそ彼にとりて眼に見えざる、しかし最も力強き杖であり又柱であるのだ。』(四月十日)


二九 物質の海に
実在する自我

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三一 胡桃割り


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