ステッドの通信

一八 各天体からの寄せ集め


ステッド『私達の住む世界はあなた方の考えるところとは大分訳が違う。幽界は他の諸民族から切り離された一民族のようなものではなく、総体の一部分なのである。元来この世界の居住者は物質的生活が営まるるいろいろの天体からの渡来者であるがしかしたった一つの種族である一様に神の子なのである。私達の過去の境遇は皆異なっていたが、大体において共通の思想を有ち、同様に物質的生活の苦悩を嘗めて来たのである。思想は言語以上である。故にこの世界のすべての住民は互に意思の疏通ができる。

『私達には時の流れのただ二点だけしか判らない。即ち地上生活を送った昨日と、それから今日とである。この今日も永遠に続かぬものかもしれぬが、現在の私達には永遠の面影を帯びている。

『私達には昼もなければ夜もない。季節もなければ歳月もない。むろん私達とても時とすれば懐旧の情思に耽り、霧深き秋の夕暮、霞につつまれた春の朝ぼらけ、散歩、乗馬、水泳、其他そのほかのたのしき運動、などを想い出して見ないでもないが、しかしそれ等のものは現在の幸福に比ぶる時に、言わば小児の遊戯見たいな感がある。

『私達の生活は全然懸念も心配もないので、地上で送った生活とは正に天地の相違である。かつて私達の魂を悩ました烈々たる情念は、大部分皆物質的、肉体的のものであった。ここの生活は遙かに平淡であり、同時に又有閑である。競争と産業とがすっかり止んでいるので個々はその修養に全力を挙げることが自由である。彼は又是非ある事をやりたいという衝動を感ずる。彼は自己の能力を自覚するからである。今までとてもその能力はあったのだが、地上生活にありてはそれが眠っていた。ここで初めてそれが呼び覚まされるのである。彼の周囲の男も女もことごとく悦んで仕事にかかる。それには何等利己的の意味はない。天賦的に各人に植えつけられている、止むに止まれぬ欲求と言ったものが、彼をして歎び勇んで不断の努力をさせるのである。業務の上にも娯楽の上にも、何事によらずすべてこれが現われる……。』(三月十四日)


一七 第二の死の有無

目  次

一九 より大なるものの信仰


心霊図書館: 連絡先