ステッドの通信

スコット女史が自動書記能力を獲た径路


 スコット女史がいかなる径路を辿りて自動書記能力を発揮することになったか?――女史はその著述の中で率直に告白してりますから、ここにその要点を抄訳して、本書をひもとかるる方々の御参考に供します。

 私がどんな径路を辿りて死者から通信を受取ることになったか、一つ率直に告白すべきだと考えます。

 一体私は心霊現象の可能性にきて多年懐疑的態度を執って来たものであります。私は御同様ただ有り合わせの理窟りくつを並べるのでした。んな下らない人間の生涯が、肉体の滅びた後まで続くのですって……。御冗談でしょう。秋の木枯こがらしに吹き飛ばされた木の葉が再びん春に舞いもどりますか! あんまり勿体をつけ過ぎると却って滑稽なものになりはしませんか。

 人類が猩々ひひから進化したということはそれは事実かも知れない。この人間が更に一段の進化を遂げて一の超人間になることもあるいはあり得るであろう。が、過去はドシドシ過ぎ去ってそれッきり記憶から消えて行くのが事実ではないか! 心霊現象などというものはあれは畢竟ひっきょう主観の産物に相違ない。現に心理学はすべてをいろいろの精神状態、例えば幻覚、錯覚、催眠状態、等々に帰しているではないか……。

 長い間こんな小理窟りくつに捕えられていた私にも、とうとう少しづつ変化が起って来ました。信念のきざして来るのは誠に遅く、丁度目に見えぬ塵埃ほこりがいつの間にやら積るようなものらしい。それが積り積って、一朝俄然としてわれわれは不可能が可能になったことを発見するのであります。最後に私の疑念を根柢こんていから一掃したのはいわゆる死者からの通信でした。丁度電話口で一人の友と対話するのと何の相違もない確実さは、これを拒否すべき一切のすべを私から奪い去りました。『あなたは死んだのだからあなたと話をするのは莫迦ばか莫迦ばかしい』――そんな事を言って見ても一向はじまらない。彼は現に存在し、そして彼の生前の特性をそっくり表現した言葉で、うれしい、なつかしい通信を送ってくれるのですから何とも致方ないのです。五感の証明ならる場合にこれを疑ってもよいでしょう。われわれの眼に昇ると見える太陽は実は動かずに、地球がその周囲を急速度で廻転してることは事実です。が、一人の友が遠方からあなたに話しかける場合に、その音声、その人格、その談話の内容を規準としてそれが本人か否かを識別し得ないという事は全然あり得ません。ことにその人格が何よりも有力に物を言います。

 んな具合で私は霊界の存在並に死後個性の存続という事につきては確証を握りましたがそれでも他のもろもろの心霊現象に対しては、私は一々懐疑の眼を向け、牛の歩みののろのろした前進をつづけて行きました。『何とか他にもいろいろの解釈法がありそうだ……。』常にそうした用心深い、もしくは煮え切らない態度を執りました。

 私が初めて死者と交通を開いたのは卓子傾斜法によりました。卓子の彼方には活きた実在の人達がって、われわれと交通を開きたがってるのです。いよいよそれが事実に相違ないと認められた瞬間の、私の受けた衝動は正に絶大なものでした。私は愕き畏れて椅子にりかえった。死んだ者がチャンと生きてるのですもの……、そして死んだ者からの通信を立派に受取れるのですもの……。

 勿論むろんこの卓子通信法ははなはだ不満足なものではありました。それがわれわれの潜在意識の産物でないことは判っても、その通信内容がいかにも貧弱で彼我の意思の疏通そつうが不充分でありました。何ぞもっと完全な装置はないものか――私はその事ばかりに心を苦しめるようになりました。

 んなに近くて、しかもんなに遠い。そのじれったさはまことに言語に絶えました。譬えて見れば、丁度親友に手をさしのべると、その中間に幕が降りたようなものです。しかもその幕は言声を包む幕で、相互の言葉がはっきり通じないのです。私のような性急せっかち者にはそれが到底満足し切れませんでした。相互の交通ができるというならそれは是非直截で、明瞭で、そして確証的でなければ駄目だ。共同電話見たいに誰でも利用し得るまでにならなければうそだ……。

 そこで私は他界の住人達に質問を発しました。私に果して心霊能力があるか? しも能力があるものなら、これを発達せしめて彼我の間に、より完全な交通を開くことはできまいか?

 するとその返答はうでした。彼方むこうの世界でも顕幽交通の困難に打ち勝とうと正に全力を挙げてる。熱心家は誰彼だれかれを問わずこの仕事に加入するがよい。取り敢えずあなたはお書きなさいと。

 つまり私がるともらないとも言わないのに、他界からは早くも自動書記をせよとの号令がこの私にかかった訳なのです。その後私が研究の為めにどこかの交霊会に出席する毎にきまり切って、おまえは自動書記をやるのだと命ぜられました。

 一たい書くことは私の職業ですから、それはお易い御用ですが、そんな事で物質界と霊界との交通を簡単化し得るか否かは少々心細く思われました。が、こちらから贅沢を言うべきでないと思い、早速その準備したくに取りかかりました。

 私は大型の滑かな紙を買い求め、それをピンでとめるべき適当な板をさがしました。それには製図板が誂向きだが、そんなものは手元にありません。いろいろと工夫の結果、台所にあった料理板を使うことにしました。私は一枚の紙をそれにピンどめにして、その前に座を占め、手には軽く鉛筆を握りました。鉛筆は最黒色のものを選び、成るべく細く削りました。できる丈心を空虚にして、軽く鉛筆を持って待つことしばらくにして、意外意外! 私の手は自分自身以外のある物によって動かされ始め、何やら紙面にかすかなる痕跡を造って行く。あちらへ行ったり、こちらへ曲ったり、自分の手にしてしかも自分の手にあるまじき行動を執る。とうとう紙の末端に達してピタリと止まって、待ってる。これは行を変えるのだ――私はそう気がつきました。私の手を動かしている何物かは決して私を無視してる訳ではなく、私との共同作業を期待してるらしいのです。私は歓んでその命令に服従しました。

 何という興味深い冒険でしょう!

 が、書き終って読み返して見た時にいささかがっかりしました。何となればそれはただ金釘の連続に過ぎず、ところどころに蚯蚓みみず見たいなものが混ってるだけでしたから……。

 んな大騒ぎ、んな絶大の期待の結果がただ金釘の連続! その時の私の気分は丁度初めて登校した就学児童のそれでした。前途の希望は相当大きいが実際自分に直面したものはただ苦しい手ほどきでした。

 私は椅子にもたれてとくと考えました。しもつづいて刻苦努力すればきまいものでもなかろうが、自分に果してそれ丈の時間の余裕があるだろうか。私位の中年のお婆さんになればなかなか用事が多いのだから……。

 最後に私は毎朝少許の時間をこの仕事に割くことに決心し、規則正しく金釘の稽古をはじめました。規則正しくと言っても、私は天使エンジェルではありませんから、時としては遅々たる進歩に愛想をつかし、料理板を台所に逆送して、こんな事はきれいさっぱりと忘れてしまおうとしたことも何回かありました。

 が、それもできませんでした。いつの間にやら楽天的希望と言ったようなものが湧いて来て、書いて見たくてしょうがなくなる……。一日二日とうちに、とても制止し切れなくなるのです。その衝動が外部から来るのか、それともわれわれを無意識から有意識に導いた、人性固有の向上的意念の働きによるものかは私には判り兼ねます。

 私に言わせると祈祷だの断食だのというのはドウも忍耐力の別名のようです。私が辛抱強く稽古をしてうちに、最初大きな曲線であったものが次第に小型になり、とうとうそれが立派に読み得る文字になり、そしてある日曜の朝に一つの言葉を綴ったのです。その時の私の驚喜満足がいかに多大であったかは何卒お察しください。とうとうモノになりかけたのですもの……。

 しかし、それはホンの手ほどきで、たった一語か一句位のものでした。鉛筆を動かして呉れている霊魂というのは、きいて見るとそれは私の亡夫で、しきりに私を激励して呉れました。現界を後にしてからの亡夫は、天使見たいな忍耐力を獲得したものと見え、私のような、がっかりし易くて、じれったがり屋で、そして疑ぐり深い人間を、根気よく誘導してくれるのでした。

 が、こんな短所だらけの人間でありながらも私は進歩しました。きれぎれの片言かたごとがやがてつながりの文章となり、兎も角も通信を受取るようになりました。その頃は自分の親戚みうちの人達からの通信ばかりでした。いずれも親切に私見たいな我侭者の努力に興味をもって援助を与えてくれました。その後私が自由自在に通信を受け得るようになったのは、主として此等これらの人達が練習させてくれた賜と信じて居ます。

 それにしても自動書記は私に取りてなかなか捗々はかばかしく行かない難事業でした。後には手で文字を綴る前に、その形が私の胸に印象されるようになり、更に後になると、思想がうつるようになりましたが、最初はなかなかそうは行かず、ゆっくりと一字一語を綴るのでした。思想が映るようになってからは自分で勝手にその思想に衣裳きものをきせればよいのですから非常にらくでした。もっとも時にはしっくりと思想に合った文句が見つからず、幾時間も筆を停めていることもありはしましたが……。

 他界からの音信たよりはすぐそれを言葉に書きとめないと、時としてその筋道を見失うことがあってこまりました。後でき直して見ても、教えられることもあるし、又教えられないこともあるし、あてになりません。これは私の記憶力が鈍いせいでもありましょうが、ドウも外界から伝えられる思想はつるつる滑って保持し難きところがたしかにあります。迅速に書きとめないと崩壊して消え勝ちです。

 ただし自動書記には機械的でない他の半面があります。つまり書く人の心の準備で、それは平板や鉛筆の準備以上に必要です。

 通常私は朝餐後すぐに坐ることにしました。ですから午前九時と十時の間に邪魔をする電話の憎らしさったらありません。自分はその間是非ともたった一人で心を平静にして居なければならないのです。そうして置いて心の中から雑念妄想を払いのける。

 あなた方も心を空虚にしようと試みられたことがお有りですか? なかなか容易な仕事ではありませんネ。四方八面からいろいろの思想が突入して来て、からっぽにして置こうと思う場所を占領する。それ等を一方に押し出してやると、そのお代りがすぐ他方から飛び込んで来る。私はありとあらゆる方法を講じて此等これらの邪魔者を駆除すべく試みました。ある時は一つの池を想像し、それに注意を集中して、一生懸命池のへりに近づく者を追い返しました。る時は階段の上に自分自身を据えつけ、扉を排して昇って来る雑念小僧や妄想娘にめ出しを喰わせようとしました。が、私に取りて最も有効な統一法はる一つの文句を作り、心の中でそれをいろいろちがった書体で書きかえ書きかえすることでした。私はそれでようやく自分の心を空白に保つことに成功しました。

 そうして準備した心の空白に一つの文句がポカリと映ると、私は大急ぎでそれを書き下します。それが私の自動書記の初期で、当時はただ断片的に通信を受取るのみでした。従って次ぎにいかなる文句がつづくかは少しも判らず、それが却って興味をそそる点でもありました。『これで果して何等かの意味を為すかしら……。』そう思ってるとたちまち奇想天外式の文句がつづいて私を驚喜せしめるのでした。

 私はそれ等の通信を保存して置きましたが、やがて積り積って厚ぼったい草稿になりました。それが『四人の死者からフロム フォーァ フー アール デッド』の前半です。それまでは私の自動書記は皆親族の霊魂達から送られたものでした。が、ある日バーチングトンの友達と卓子の前に坐った時に、まるで赤の他人の霊魂が現われました。われわれの思想が彼に達したので、それに応じて手伝に来たというのです。それが取りも直さずダブルュー・テイ・ステッドでした。

 が、卓子の傾斜ではドウも思う壷にはまりませんので、私はとうとう側の霊示的筆写法で通信を受取ることに致しました。

 心をすっかり空虚にして静かに座ってると、間もなく長い文句が私の心眼にありありと映じ出しました。それは光で出来上った長虫そのまま、拗れたり、くねったり、結ばれたりほどけたりして居ます。私は勇気を鼓してっとそれを書き取りました。

 ステッドの教ゆる所によれば、彼がわれわれの心に印象しようと思う思想が、つまり右の文字になるのだそうです。『四人の死者から』の後半はそうして出来ました。ステッドの通信を受取るに当りて私は随分と自分の心胸の奥の奥まで祓い清め、彼を失望させまいと努力しました。私は現世でステッドとは一度も会いませんでした。私は彼が高き理想の人物であることは知って居ましたが、彼の書いたものは一行も読んだことがなく、彼が死後の生命の存続を宣言しつつあった際などには、てっきりそれは謬見びゅうけんだと確信し切って居ました。

 その後私は他界の存在に関してステッドと同一線上を歩むようにはなりましたものの、しかし彼の信ずる事柄で私が信じ得ないものは沢山ありました。これは現在でもその通りです。彼の人生観、又人生を取りまく不可思議事象の解釈等は、ドウも私の解釈とくい違った所があります。が、私は彼からの通信を受け取ることには歓んで応じました。彼の意見に賛成だろうが、賛成でなかろうが、兎も角も私は彼の言わんと欲する所を取り次ぎすることにしました。彼もまたそれで満足してくれました。それは私に取りてはなはだ有益な練習でもあり、又興味ある仕事でもあった。何となれば私自身にドウしても承認し得ない意見でも、それがいかに合理的であり得るかを示してくれたことが一再でなかったから……。私はステッドが生前書いたものを一切読んだことがなく、又その経歴もほとんど知らないと申しましたが、私は飽までその無知を続ける方がよいと考えました。ですから『四人の死者から』がいよいよ出版された時には著者たる私の心痛たらありませんでした。

 あれは私の観念が生んだシロモノではないかしら……。あの中に盛られた思想は畢竟ひっきょう私の潜在意識の現われではないだろうか……。夢――出鱈目――人気取り――そう思われはしないだろうか……。

 私は不安な心地で世間の評論を待ちました。ところが意外にも世間はあの通信を認めてくれました。ステッドの旧友達は、あの中に盛られた思想は、正にステッドのに相違ないと折紙を附けてくれました。米国の某批評家などは『ジューリアの通信』を想い出させるとまでめてくれました。

 それに元気をつけられて私は霊界通信業を止めようとする気にならず、とうとうその後ステッド以外の他の霊魂とも取引きを開くようなことになってしまいました……。


序説

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