附録 長南年惠物語

九 大阪毎日新聞の記事

 長南氏の談話は前後約二時間にわたり、右に掲げた外にも珍談奇聞が数々ありましたが、以上で長南年惠女の奇蹟的半生の一班は窺われると考えますから、一とずこの辺で打ち切りと致し、あまり補遺ほい的に略述してこの一篇を終ることに致します。

 ここず有力なる証拠物件として掲げて置きたいのは、神戸地方裁判所に於ける公判廷の状況を記載せる明治三十三年十二月十四日の『大阪毎日新聞』の記事であります。急忙の際に成れる新聞記事の通弊として事実の錯誤さくごなり沢山あります。実際は二分間であった電話室内の時間を五分としてあるのは些事さじながら誤りです。又実験後再び公判廷を開いて無罪を宣告した事実を顛倒し、無罪放免の後、弁護士連が好奇心から試験を行ったように書いてあるのははなはだしき誤謬ごびゅうです。が、この記事――他の新聞記事も多くはそうですが――においもっと苦々にがにがしいのは記者の態度のいかにも軽佻浮薄けいちょうふはく、何等の真剣味をも有って居ないことであります。どうせ新聞記者諸君が、専門の心霊学者ではないのですから、誰しも之に対して余り多くを求めはしませぬが、知らないなら知らないよう、判らないなら判らないよう、何とかしかるべき書き方がありそうなものです。ところが多くは兎角とかく歯の浮くようなキザな筆致を弄するのは、余りめたヤリ口ではないかと存じます。この大毎の記事なども、る意味においては心霊現象に対する日本の新聞紙の三面記事の代表的傑作? と称してよいかと存じます。

○女生神の試験 自から神変不可思議光如来を気取る、例の女生神おんないきがみ長南年惠おさなみとしえも、末世なればにや、情なくも獄卒の手にかかり、さきに大阪区裁判所にて拘留十日の処分となりしを不服とし、所々上告し廻りし結果、大阪控訴院の宣告により神戸地方裁判所に移され、一昨日裁判長中野岩榮、陪席判事野田文一郎、岸本市太郎、検事高木藏吉、弁護士横山鑛太郎諸氏にてその公判を開きしが、詰り証拠不充分なりとて無罪放免の身となれり。これに就て弁護士詰所に居合せたる弁護士連が兎に角彼が神授と称する神水こそ世に不思議の限りなれば、試験を行うこそよけれと、本人の生神に申込みたるに、それこそ望む所なりと、容易に承知したるにぞ、ず同詰所の電話室を仮の試験所に充て、本人の衣服身体を充分に改めしは更なり、電話室をも塵一本だに残らざる様掃除せし上、イザとて生神に小瓶を持たせたるままその中に閉込めしに、中にて何やらん呪文じゅもんの如きを念唱する気合けあいありしが、わずかに五分間にしてうちの戸をコトコトと叩きつつ出で来るを見れば、不思議や携えたる小瓶の中には濃黄色を帯びたる肉桂にっけいの如きを一杯に盛りつつ、静々として顕れ出でたり。生神のいう所によれば、ただに一本の瓶のみならず幾十本たりとも三方の上に載せ、祈念一唱すれば、その瓶のぬしなる病人の病症に応じたる神水を天より賜わるなりと厳かに語りたり。その真偽は暫くき、本人の身体及び室内をも眼前まのあたりあらためしに、五分間を待たずして神水を盛りつつあらわいでるは兎に角不思議なり。あるいは口中より吐きたるならんというものあれど、その液体は色こそ少しく茶色を帯びたれ、透明液にして口中より吐きたるものとは認め難く、さりとて神授なんど世にあるべしとも思われねば、更に確むるこそよけれとて、弁護士中の好事家は、日を期し、更にその真相を探り極めんと、用意をささ怠りなしと聞く。(大阪毎日新聞、明治三十三年十二月十四日第七頁)


八 法廷に於ける霊水湧出

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十 其の晩年と逸話


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