附録 長南年惠物語

二 湯冷しを飲みて吐血

 やがて長南氏は再び物語のつづきを始めました。――

『兎に角姉の身につきては私の腑に落ち兼ねる事柄ばかりですから、私は生家に滞在した数日間有らん限りの注意を払い、又かなう限りの実験を試みたのであります。ところが事実は却って母の物語以上、又私の想像以上であったから驚きました。

『私には姉が煮焚にたきしたものを食べられないという事が第一に信じ難い事柄でした。――べられないのではあるまい。自分の気侭きままで、そんな事を言ってるのだろう。――私はそれ位に考え、真先まっさきにその真偽をたしかめて見ようと決心しました。

『試験は極めて簡単でした。私は素知そしらぬふうをして湯冷ゆざましをつくって、それを生水なまみずだと称して、姉にすすめたのであります。無邪気な姉はそんな計略たくらみのあることは夢にも知らず、何気なにげなくそれを飲みましたが間もなく非常な苦痛で、飲んだ湯冷しを吐いたばかりでなく、その後で血を吐いたのです!

『それがただ一回の吐血なら、偶然という事もありますが、試験の都度必らずそうなのですからさすがに頑固な私もこの事実だけは承認せざるを得なくなりました。いかに自己の経験や知識を標準としてそんな事実は到底有り得べき筈がないと結論して見ても、事実は飽くまでも事実で、理窟りくつもってそれを取消す訳には参りませんでした。

お私が帰宅したその当夜から、母の述べた家鳴り震動、その他数多あまたの怪異が起ったことも事実でした。――が、私はそれ等の事柄は余り詳しくお話し致し度くはありません。そんな話は在来の有り触れた妖怪譚などにもよくあることで、よしそれが事実であるにしても、別に特筆大書する程の貴重な材料とも考えられませぬ。

『が、これまでの所は私の姉の身に起った神秘的事蹟のホンの発端で、もっともっと不思議な事が其後そのごおいて追々発展して行ったのであります。惜しい事には姉の事蹟に対する私の知識が、ともすれば間歇的、断片的になることがありますが、しかしそれは姉の生涯の前半期と終末期とに関するだけで、幸いにも私は姉の奇蹟的生活の花ともいうべき時代を一緒に大阪で送りましたから、その点は誠に好都合でした。』


一 奇蹟の発端

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三 竹に栗鼠


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