続幽魂問答

六 黄金十一枚

 今迄いままで宮崎氏は泉氏が生前通過したと称する博多附近の地理にきて根堀り葉堀り問いただしてりましたが、ここに至りて、話頭を転じて、一層肝腎な所持品の問題に移りました。

宮崎。御切腹のみぎり御所持の品は大小ばかりにて、外には何物もなかりしか。

幽魂。一枚の茣蓙ござありしが、外にはさしたるものなかりし。

山本。旅中の用金等も定めて有りしなるべし。

 かく言われて幽魂は暫く考えて居ましたが――

幽魂。イヤさしたる物もありませなんだ……。

 そうは答えましたが、何やら意味ありげに見えました。

宮崎。前の御話によりて、御切腹の時に所持されし御刀は拙者方の所蔵なる事は知れたるが、御指添は今何所いずこにありや。それとも早く錆び腐りたるにや。

幽魂。されば死後顕界の事はなかなか明かに知り難きものにて、ただたましいを凝らしし事のみ知らるるものなるは、既に述べたる所の如し。今貴家に伝わる御剣は、われ父母の教訓を破り、ひそかに取り出でて旅中に帯したるものにて、父だに家に遺し置きたる程の大切なる一振なれば、申すまでもなく余は絶えず之に心を注ぎたり。もっとも切腹の際はホンの暫時の間打忘れて居たりしも霊魂となりては愈々いよいよ其刀の慕わしく余は幽界より其所在をつきとめ置きたり貴所きしょの所有となる前には、此所ここより南に当る、島の如き山の尾に一叢ひとむらある家の内の一軒に所蔵されたり。指添のほうは高金のものなれど、わがめにはさしたるものにあらざれば、露ほども心に係りませなんだ。されば今何所いずこにあるかも知りませぬ

山本。旅中の手荷物、又路用の金子なども少しは所持されしならむ。

 と側から更に問いつめに係りました。

吉富。旅宿もあり、渡しもあれば、路用の金子も無くては叶わぬ筈なり。

宮崎。只今両人の申す如く、金子なども定めて所持せられしならむ。

幽魂。それは申したむなき旨もござる。

山本。霊魂となりては金子かねの事は卑しきものと思われて、か云わるるや。

幽魂。左様の次第ではござらぬ。

宮崎。所持された金子の員数は覚えらるるや。

幽魂。国を出る時黄金十一枚所持せしが、六年の内に半ば使いて、切腹の時半額は所持したり。

 かく述べてけわしい眼光まなざしで家の中を見まわしましたが、再び思いかえした様に『ああ惑えり』と言って、元の穏かな顔になって言葉をつづけました。

幽魂。すでにかく吾を神霊として祀り下さる上は、仮令たとえ以前われに対して無法の所為ありとて、今更何を怨みとせむ。過ぎつる事を繰りかえすは武士たるもののなすまじき業なり。大刀たちだに貴家に伝えくださらば、われに取りてこの上の悦びはなし。又当家の者も、吾を神として、怠らず祭りくれなば、つとめて家運守護の任に当るべし。

吉富。貴殿すでに神霊となられし上は、何事にても祈願の旨をきき届けくださるや。

幽魂。イヤ衆民が丹誠たんせいを凝らしての祈願を成就せしめ玉うは朝廷かみより重く御祭祀あらせらるる神々の成就せしめ玉う所にして、我等如き凡霊のあずかるべき事にあらず。四時の順逆五穀の成熟万民の安楽等の大事の成就するには量り難き深淵なる道理のあるものにて、世に吉事よごと凶事まがこととのある条理すじみちは、今卿達おんみたちに述べたりとて耳には得入らざるべし。されば今後し我に向って祈願をささぐる者あらば、必らず差し止めてくだされよ。今迄故ありて当家に崇りたる罪深き身の、神と祀られしばかりに、その報いとして当家を守護するまでの拙き霊なれば、広く世の人を救わんことなどは思いも寄らず。


五 地理の穿鑿

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七 幽魂の揮毫


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