続幽魂問答

三 伝家の宝刀

 先月幽魂が初め現われた時は何人も気味悪さが先立ち、一時も早く市治郎の体から幽魂を逐い出すことばかり考えましたが、人情は妙なもので、今回はそれとわかれるのが、むしろ名残惜しく感ずるのでした。が、さてあるべきにあらざれば、人々は霊代の箱を造るべき大工を呼びにやったり、又石碑を建つべき浄地の相談をしたりしました。すると吉富氏が、不図ふと思いつきて、『今幽魂この肉体を立退くにおいては、再び幽事を尋ぬることは叶わざれば、暫くこのまま留め置きて、先月問い洩らした個所を尋ねようではないか』ということになり、そこで再び問答が始まりました。

山本。さきに宮崎の刀を見て、三振の中云々と言われし由なるが、そはいかなる故ありての事か。

幽魂。別に深き仔細ありての事にあらず。ただただ尊く思う余りに拝見せしまでなり。

吉富。イヤ其許そこもとが『さてさて三振のうちがいかにして』と低声にて歎息されたる声我耳によく聞えたり。それには必らず意味あるべし。

山本。其許そこもとの所持されたる三振のうちの一つという事ではなきか。

宮崎。いかに泉氏、其許そこもとは予が持てる刀に心を籠め、三振のうち云々と言われしのみならず、いかにもその刀を慕わるる様に見ゆるは必ず仔細あるべし。さまで一念の籠れる品ならば吾れ何とて惜むべき。如何なる不吉の三振ならむも知れざるものを、永く我家に留むるも心許なし。望みとあらば、其許そこもとの石碑の下に埋めて進ずべし。

 かく述べても幽魂はお無言を続けました。暫くして『水をくれよ』といいますので、作次郎というものが水を汲みて出しますと、それを飲み干し、胸を撫り、やうやうの事で口を切りました。

幽魂。右の刀は御家に大切に収め置きて下されよ。

宮崎。収め置けと言わるるからは、生前其許そこもとの所持せられしものか。

山本。その刀にまだ御心が残っているのではござらぬか。

幽魂。イヤイヤ今は刀に心残りは更に無し。さるにしても不思議に廻り廻りて来りしものかな。ああ如何なる由縁ゆかりのありてくは……。

 とひとりかたりつつうつむきて考え込みました。

山本。いよいよ右の刀は其許そこもとの所有たりし事と考えらる。シテその刀を三振のうちと言われたるは如何なる因由いわれ あることでござるか。

幽魂。予の所持せし刀ということが判らばそれで宜しかろうに……。

宮崎。何事によらず、知れねばいよいよ知り度く思うものなり。兎角とかくに言い兼ねらるるは必定不吉なる刀でござろうがな……。

幽魂。一を語れば二を言わねばならず。さてさて口は禍の門とはよくも言いたり。右の刀決して不吉のものにあらず。本国にて上様より余が父に賜わりし三振のうちの一振なり。そを賜わりし因由いわれ は今軽々しく申すべきにあらず。

山本。ばかり貴重なる刀を何故にこの辺鄙へんぴの地まで携え来られしぞ。

吉富。君父に係わる事ならばそを包み給うは御尤ごもっともに存ずれど、その外の事は語り聞かせそうら》 え。刀をこの地に携え来りし因由いわれ 是非ぜひとも承り度きものなり。

宮崎。加賀に残し置きたる刀がめぐりめぐりて拙者の家に来りしか、それとも其許そこもときてこの地に来りしか、くわしく物語りてきかせ玉え。

 三人からかわるがわる問いめられて、とうとう幽魂は語り出でました。

幽魂。今は包み難ければ物語らむ。余十七歳の時、国内に騒動起りしが、その時父は無実の罪に沈み、上様の御咎めを受けて国退きせり。そのみぎり、父が母に申し置かれしは、唯一人の伜なれば、必らず泉の家を再興させよ。して上様より下賜の中、この一振りは家宝として大切に彼に伝えよ、とのことであった。しかるに余は父の御供申し度く、その旨を母に願うこと度々に及べどその都度つど母はたッて引き留め、父一人をしのめに代々の祖先の家を亡ぼすことありてはもっての外なり。し国を出でなば、この母まで諸共に勘当ぞとの父の遺言なれば、必らず出国無用なりと、それはそれは母から引き留められましてござる。

 かく述べて幽魂は数行の涙にむせびましたので、満座の人々も皆涙を催し、感歎の声を漏らしたそうであります。

宮崎。それで、其許そこもとは、十七歳の時に国元を立出で、何地にて父君とは面会なされしぞ。

幽魂。されば、余は母が引きとむるを聞き入れず、伝家の一刀を携えて国元を出で、諸国を廻り廻りて六年振りに藝州バタという所にて父に行き逢いたり。その時父は余を見て大に怒り、汝が母の命に背きて家出せしは、取りも直さず吾が命にもとりしなり。汝はただ一人の男児なれば、汝をきて家を嗣ぐべきものなし。早く帰りて母を扶け、家名を再興せよ。我は濡衣の乾くまでは死すとも国には帰り難き身なり。コレよく承れよ。親としてその子を思わぬものがあろうや。又子として親を慕わぬ者があろうや。されど今汝が吾のあとを慕うは、孝に似てまことの孝ではない……。かく道理を責めて父に戒められ、それを押し切りて跡に随い行かれマセナムダ

 かくのべて長太息ためいきを漏らしました。

吉富。それでも其許そこもといて随行されたるか。

幽魂。イヤイヤ父はそのひそかに出船し、終に行方知れずなりたり。附近あたりの者に問い合せ候えば、九州小倉に行く船に便乗されしとの事にて、余もまた船にて小倉に着したるに、その時父はまだ小倉には着かざりし。それより余は九十三日小倉に滞留したるに、ようやくにして父が着きたれば言葉を尽して随行を願いたれど、父は一言の返辞さえ為し玉わず、程なく肥前の唐津に向いて急がるるにより、余も後より慕い行きたり。

宮崎。小倉より当地までは何という所を通行ありしや。

幽魂。小倉より当地までの間には数ヶ所通行したれど、心にとめぬ所は忘れたり。ただ今もお覚えるはコヤという地の川辺を通行せし事にて、此所ここには家居いえいも多く、近傍の田圃中にも此所ここ彼所ここかしこに三軒五軒の民家ありたり。又一入ひとしお目にとまりしは博多のみなとなりし。このみなとには旅船多く軒数のきかずも沢山にて、優れてよき所なりし。

 などと懐旧談をするのでした。


二 火災の予知

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四 不浄と災厄


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