続幽魂問答

二 火災の予知

 家内の人々は又々大騒ぎを始め、ドーなる事かと気が気でありません。仕方がないので、主人傳四郎、作次郎、及び杜氏の三人来りて市治郎の前に座を占めますと、幽魂が市治郎の口を借りて語り出でました。

幽魂。当家此度このたびの火難は七八日以前よりその兆現われ、幽界の方にはよく知れわたりたり。故に度々その兆を示して知らしめむとしたれど、一人もこれさとらず。そのうち火災の兆候わますます盛なるをもって、急に守護せむとすれど我魂を寄する所無きをもって、又々市治郎がからだき、今日火災の起る少し前より念力を凝らしてようやくに消しとめたり。先日我等市治郎の体を借りて、いろいろ幽冥の秘事を説き聞かせたれば、少しはその道理を悟りたるかと思えるに、ごうもさる事なく、却って幽規を犯して変を招げり。ず従来用いし大恩ある竈を不法にも打崩して取捨てたる上に夏の頃より積み置きし不浄の土をも忌まずそれを用いて新竈を築き浄めの式をも行わずして火を焚くとは余りに不法なり。世に水火ほど清浄のものはなし。特に井水と竈の火とはもっとも浄らかなるものにてはなはだ貴く、ことに酒造家は火と水とを用ゆる事他に数十倍す。何を以て其恩に酬ゆるぞや。なべて神霊は清きを愛す之に従うは人たるの務めなりしかるに不浄の土をもって竈を築くはこれ人自ら災を招くものにして、神明のそを下すにはあらざるなり。知らざる事は是非ぜひもなけれど、既に土に不浄の入りたるを知りつつこれを用いたるは不届なり。さきの日わがおしえ置きしにも係らず今くの如し。これ下世話げせわ所謂いわゆる喉元過ぎて熱さを忘るる類ならずや。およそ火災洪水の類は即座に来るものにあらず。幽の方に然るべき理ありて顕に起るなり其事の原理は我が如き凡霊のよく窺知し得る限りにあらねど火災起らんとする兆ある時は予じめ之を知る事を得いやしくも古法に由りて竈を浄め置けば縦令たとえ火難起るの時来るとも時運の荒びに誘わるることなし。この旨よくよく勘弁して向後きょうごを慎み、家運の長久を図るべし。

 と厳かに教えました。その問答の間、宮崎氏は鎮火祭執行中であったので席にらず、後で聞いて記し置いたということです。そうするうちに山本氏が使者となり、宮崎氏等を呼びに来たので、病室に行って見ると、家族はもとより親族等ことごとく集まり、医師山崎玄明、三木道林などという人達も来会して居ました。

 宮崎、山本の三人が正服にて着座しますと、病人も坐り直しました。双方とも暫時しばし無言のまま睨み合って居ましたが、やがて吉富医師進みて宮崎氏に向い、『市治郎の只今の有様は有り触れたる世の常の病気とは思われず、必らず憑依物ならむ。されど泉氏の霊にてはなかるべきか。そは泉氏の霊魂は再び人を悩まさずとの誓書を貴殿に差し入れてあるからであります。と申して、われわれの見る所にては、ドーやら泉氏の霊のようにも見ゆ。このへんとく御糺おただしありたし』と申しました。宮崎、山本の二氏が口を揃えて『その儀いかにももっともなり』と申しますと同時に、病人は『御免』と言いさま、前にて結びし帯を後ろに廻わし、右の両人に一礼したので,両人も之に答礼しました。それから直に問答が始まりました。

幽魂。それがしは先月二十四日の朝、当家の一子市治郎が体を離れたる泉の霊魂でござる。

山本。何故にかく再び帰り来られしか。

宮崎。先月当方に差入れたる誓文の手前もあるに……。

山本。武士に二言なしと承りたるに、かくてははなはだしき食言しょくげんならずや。

 二人は気色ばんでかわるがわる詰問しました。

幽魂。イヤその義は先刻当家の主人と吉富氏とに申したり。七日前より当家に火難の兆あるにより坐視するに忍びず、先日来当家の東西を徘徊してその兆を示せども、一人としてこれを悟り得るものなし。見るに見兼ねてやむむことを得ず、またも市治郎の病後の体を借りて火難を救えり。先夜吾れ当家を守護して、七ヶ年の先に吉事を見せむと約しながら、今却って火災ありては、之がめに建碑の約束も破棄さるるは必定なり。かるが故に今度来れるは万止むを得ざるものにて、以前の如く人体を悩まさむめにあらず。何卒なにとぞこの意を諒察されよ。

 と言い、更に語をつぎ

 今迄数百年の間墓所にのみりたれど、先般尊き神法に預かり、つ神号を蒙り、正に帰することを得たれば、その後は墓に 帰るもけがらわしくてエイレマセヌ

山本。エイレマセヌとは如何いかがなる義か。墓地に何者かがて入り難しということか。

 と不審を打ちますと、たまたま列坐の一人桝屋善吉はかつて加賀の国に行ったことがありますので進み出でて、『上方でエイレマセヌとは入れぬことです』と通弁しました。

幽魂。そうさ、むさくて入る事が出来できぬさ。

 と投げるが如く言って更に語をつぎました。

 さて各々に申入れたき儀あり。先月二十四日吾等当家を立退く時、公辺に願いて許しの出るまで、三年にても四年にても待つべき旨を約束したるが、いよいよ幽界に帰りて見ればわが霊位何時の間にか昇格して墓所は勿論その他すべて穢れたる場所が厭になり止むなく樹上などに居ることもあり希くば早く寸尺の浄地なりと与え玉え然らざればただただ旅心地して安き心地もせぬなり

宮崎。その儀ならば霊璽を新調して参らすべし。石碑落成までそれに鎮まりられよ。上古には刀又櫛を霊代みたましろとする例もあるが、何ぞ其許そこもとに注文はなきや。

幽魂。兎も角も御法通りに為し玉え。その法に従いてうつり申さむ。

山本。白木の箱の中に霊璽を置きて魂を鎮むる法あるも、盛んなる霊は太かるべければ、小さき箱にては如何いかがあらむか。八寸の箱にて宜しきか。

幽魂。イヤその法に隨ふ時は一寸の箱にも鎮まり得らるるなり

 そう言われて両人も成程と首肯しゅこうしたのでした。


一 火事騒ぎと幽魂の再出現

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三 伝家の宝刀


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