幽魂問答

九 暫時一睡

 幽魂は自分のしずまるべき石碑建設の場所の選定にきて大変みまして、『国法もあることなれば、公辺おおやけわづらいを掛けることは不本意ながら、相叶う儀ならば、成るべく清浄なる社地に鎮まりたし』というのでした。其処そこで一同評議の上で当地の社家しゃけ山本參河みかはという人を呼びにやることになりました。其時そのとき吉富医師は気をきかせて幽魂に向い『く長らくの問答に退屈もあるべし。暫時しばし休息ありては如何』と申しますと、幽魂もそれに賛成して、『我は宿望の叶う折なればいこうに及ばねど、市治郎がからだは長らく悩ましたれば、長座は宜しからず、社職の来るまで暫らく同人に一睡させたし。さらば御免ごめん』と申しまして、一礼して自から夜具やぐを引きかつぎて熟睡しました。

 同人の寝たる間は全くの大病人で、威風堂々たる泉熊太郎の幽魂ではなく、ただの市治郎に成り切ってしまいました。しばらくすると山本參河氏は浄衣じょういしまはかま穿きて来着し、病人の上座に着きました。宮崎氏は傳四郎と共に前宵よりの概略を物語り、社地に鎮まり度き由云々の事を申しましたが、何にしろ山本參河氏に取りては寝耳ねみみに水の話ですから、しばらくの間茫然ぼうぜんとして兎角とかくの返事も出来ませんでした。宮崎氏は山本氏に向い『貴殿の御不審はもっともなれど、拙者のしらべによれば、これがまさしく一人の武士の幽魂なることは最早もはや一点の疑なし。それ故建碑の儀も承諾致したり。ただし山本氏をはじめ、一座の方々にいささかなりとも疑いあらばに落ちるまで直接幽魂に問われてしかるべし』と申しますと、満座の人々は異口同音いくどうおんに『誠に恐れ入ったる幽魂なり。一点の疑点なし』と申しました。

 ただ数十人の中でお不審の個所を有ってるのは例の看病人の長吉でした。右の不審というは、

一、武士たる者の幽魂ならば何故にその父の所に到らざるか。

二、武士たる者の幽魂ならば何故に二十二日の夕一旦その遺骨の埋もりし地に帰りながら、再び市治郎の肉体に帰り来れるか。

三、の際山の芋を食い、又一日間握り飯に塩の付きたるを食わざりしは何故か。

の三ヶ条で、これは是非ぜひ問いつめてくださいと宮崎氏に迫るのでした。宮崎氏は『成る程もっともの問である。左様の事は知らざりし故打棄て置きたれど、今度は改めて問うべし』と答えました。そのうち病人は眼を覚ましたが、たちまち元の通り威風凛々として起き上り『先刻迎ひに行きたる社職は来られしや』と問いました。『其所そこに見えられてります』と座に居合わせたる一人が答えますと、チラと山本氏を見やりたるまましばらく無言、山本氏も兎角とかくの言葉は出ませんでした。

 間もなく宮崎氏の開口をきっかけに問答が再開されました。


八 幽魂の契約書

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十 三ヶ条の疑問


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