心霊図書館 >> 心霊文庫第1篇

心霊研究之栞

(五) 物質化現象

 今度は物理的心霊現象中最もあくどい、最も現実味に富める物質化現象に就きてのべます。物質化現象とは、これを一と口に言ってしまえば世俗の所謂いわゆる幽霊現象であります。霊魂そのものは通例肉眼には見えないが、これを適当な方法で物質化するから初めてその姿が肉眼に映じ、甚しきは談話の交換もやり、握手もやり、又キスもやる。要するに方法宜しきを得ればわれわれ地上の人間はる程度まで死者の霊魂と人間並みの交際つきあいができる。幽霊が出現したからとて何もそうこわがるにも及ばない。何となればこれを学問的に言い現わせば一の物質化現象に過ぎないから……。まあそう言った理窟なのであります。

 同じく物質化と申しましても勿論むろん濃度その他によりて種類がいくつにも分れます。一番稀薄なのが気化体で、やッと肉眼に見えるか、見えないかの程度です。写真に写る心霊像などはずこの部類に属しましょう。ぎに挙くべきは部分的物質化で、つまりただ頭部とか、手首とか、足首とかが物質化する現象であります。第三が全物質化で、うなるとモー幽霊はさッぱり幽霊らしくなく、臨時人間とばけて、生前そっくりの行動を執る訳で、近代心霊研究は確実にこれを突きとめる事に成功しました。

 言う迄もなく他の一切の心霊現象と同じく、この物質化現象にありても適当な霊媒ヌキでは到底できません。何となればその霊媒が主として物質化現象に必要なる材料、エクトプラズムの供給者であるからであります。

 全物質化現象の霊媒としては沢山ありますが、クルックス博士の研究資料に供せられたフロレンス・クック嬢などは代表的の霊媒であります。クック嬢が初めてこの異常能力を発揮したのは一八七二年(明治五年)頃で、当時僅かに十五歳の小娘でした。嬢を通じて常に出現するのはケーティ・キングと称する女性の幽霊で、実験を重ねるに従い次第に人間臭くなり、立会人の列席して居る室内を平気でるきまわり、又その写真も沢山撮らせました。

 幽霊のケーティと霊媒のクック嬢と断然別物である証拠はいくらもありますが、殊に一八七三年十二月九日の実験に、一人の無鉄砲な男が矢庭に幽霊のケーティに獅噛しがみ附いたので、この点の疑惑が全然一掃されました。一八七四年二月号『スピリチュアリスト』誌所載の記事を左に紹介します。――

 ケーティの幽霊は内房キャビネットから出掛けて来て、われわれの居室の一番遠い地点まで進んだ。と、一人の男がだしぬけに飛び出して行ってケーティの腰部を引ッつかみ、こいつは霊媒だ霊媒だ! と叫んだ。列席の二三人が突進して右の男を制止しようとして格闘が始まった。するとケーティの姿はず足首が消え、つづいて両脚が無くなり、あたかも水中の海豹あざらしのような恰好をしてくぐり抜けようとする。飛びついた男は手に触るるものの全部を掴んで離すまじき勢であったが、いつの間にやら幽霊はその把握からすべり失せ、後には肉体の一部らしいものも、又衣服の断片らしいものも何一つとして残らなかった。それからすぐ内房キャビネットしらべて見ると霊媒は緊縛されたまま依然として恍惚状態をつづけて居た。

マリアット女史は熱心な心霊研究者で、クック嬢の幽霊現象も非常に念入りに調査した人ですが、る時幽霊の身体検査をったことがあります。非常に興味深い事であるからその記事の一部を抄録します。――

 ある暖かい晩のことであった。ケーティの腕に触れるとそれが汗ばんでいるので、私は驚いて、あなたにも矢張り人間並みの血管やら、神経やら、又分泌物やらがあるかと訊ねた。するとケーティは『ええクック嬢のっているものなら私皆っていますワ』と答えて、彼女の身に纒える白衣を脱いで全裸体を露出しながら『御覧なさい、私この通り立派な女ですワ』と言った。全くその通りしかもそれはすぐれて美しい婦人であった。私は念入りに彼女をしらべた。おケーティはそのまま私を手離そうとせず、三遍合図をしたらマッチをって見てくれというのである。そうする中に早くも彼女は三遍コツコツと床をノックしたので、私は早速マッチを擦った。その光がずッと燃えあがるや否やケーティの姿は電光石火式に消え失せ、同時に霊媒のクック嬢はびッくりしてワッと泣きながら飛び起きた……。

 現在世界で物質化の霊媒として圧倒的名声を博しているのはポーランドのワルソーのクルスキィで、フランスの故ジェレー博士、ミシガン大学のポーロースキイ博士などが念入りに実験し、周到精細な報告を出して居ます。この霊媒を通じて出現する幽霊は種々雑多で、人間の外に、獅子、栗鼠、鳶、犬、猫等も出るとの事です。又この実験会ではしきりにパラフィンの手型を造ります。つまり出現した幽霊にたのんでその手をパラフィン溶液中に突込ませ、パラフィンが固まるのを待ち、手を引き抜かせるのです。人間には到底そんな仕事はできませんが、幽霊の手首は崩壊してしまうので後に完全なパラフィンの薄い手袋が残るのです。幽霊の実在を証明するめには無上の物件であるから、非常に学界の尊重する所となって居ます。

 が、学術研究の資料とするには右に述べた大仕掛な全物質化現象よりも半物質化現象の方に却って優れた所があります。この点において現代世界で圧倒的名声を博して居るのはボストンのクランドン夫人(マアジャリイ)であります。私は昭和三年十一月の十七、十八日両日にわたり同夫人に就きていろいろ実験を行いましたが、その際幽霊の指紋を三個ほど作製せしめました。

 一体クランドン夫人の背後に控えて働いて居る守護霊はその亡兄ウォルタアの霊魂であります。ウォルタアは今から約二十年前汽車の衝突のめにカナダで惨死を遂げた男で、当時は十七歳の青年でした。生時において科学の畑に生長した青年だけありて、心霊実験を行うに際しても専ら正確なる証拠を与えるべく全力を挙げ、その結果は種々有益なる物質的心霊現象となりました。指紋作製もそうした努力の現われの一つであります。ウォルタアが手首の物質化を行い、歯科医の用ゆる蝋にその拇指の指紋を印象する事を始めたのは一九二六年の八月以降で、現在に至るまでその数数百個に上ります。左に私の当時の実験記事を掲げます。――

 十八日午後九時から指紋の実験が始まり約十五分間で終った。私を助けて実験に立会ったのはボストンのブラウン博士であった。私は三個の蝋塊に記号を附けてポケットに納め、実験室に入った。卓上には蝋を軟げるめの熱湯並に後で蝋を冷却せしむるめの冷水を準備し、二個の丼を置いた。

 赤灯下でクランドン夫人が入神状態に入ると同時にウォルタアの声が空中に起り、実験に関する注意を私に与えた。私はその注意に従いポケットから蝋塊一個を出して熱湯の丼に入れた。一分間程で右の蝋が軟化するのを見計らい、ウォルタア自から、その物質化せる指先きでこれを湯の中から卓上に引き上げ、ギューツと拇指を押しつけた。これが済むとウォルタアは又も自分の指先きで蝋塊を冷水の丼に入れた。やがて彼は『モー大抵固まったようだ』と言いながら自分で取り出して私に手渡わたしてくれた。それ等の状況は赤灯の光で明瞭に認められた。物質化せる指は白かった。かくして同一作業を三回繰り返したが、最後の時には湯が少々冷め加減なので、蝋が充分軟化しなかった。『こいつは少々固いから二つ押して置く』そう言って彼はグイグイと力を籠めて二度ほど拇指を押しつけた。万事が極めて事務的で、死者の霊魂の作業というよりか、むしろ一人の気さくな青年の作業と感じられた。この間私とブラウン博士とで霊媒の左右の手を固く把握して居たことは申すまでもない……。

 ところで此等これらウォルタアの霊魂によって作製されつつある指紋が生前のウォルタアの指紋と全然同一であるという事実が立証されたのはまことに痛快事であります。ウォルタアが最後の汽車旅行に出掛けるに当り、彼は自分の剃刀で髭を剃った。その剃刀はそのまま愛児の紀念として母の手によりてサックに収められ、トランクの内に格納されて居ましたが、一九二七年五月ウォルタアの母がこれを取出し専門家に依みて指紋を撮らせると、その柄にウォルタア生前の指紋が附いて居た。その生前の指紋と現在ウォルタアの霊魂が蝋の上に印する指紋とがピタリと一致して居るのであるから大変な話でこの破天荒の事実が何を物語るかは篤学者の再思三考を要する点であると思います

 日本で現在物質化現象の霊媒は龜井三郎氏丈のようです。昭和四年十二月四日午後七時大阪毎日新聞社で第二回の実験を行った時に赤色懐中電灯の光りに照らされて半身を物質化した幽霊の出現がありました。が、この方面に於ける同氏の能力はまだ未知数で、はたしてれ丈の成績を今後に挙げ得るかは軽々しく予想し兼ねます。


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(六)直接談話現象


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