著作権について
心霊著作の保存に関する、
著作財産権・著作者人格権の取り扱い
著作財産権に関して
日本の著作権法は、保護期間を作者の死後五十年と定めています。浅野和三郎氏の著作物(一部の翻訳物を除く)もすでにこの年限を終えています。この期間を経過した著作物は、誰でも自由に複製を造れます。
そう、入力の手間さえ惜しまなければ、多くの人々に、浅野氏の著作を読んで頂けるのです。そして、ここに広く人々に、心霊名著を紹介しようと、労力を傾けてくれる人がいます。
また、世の中には、多くの著作物が、再版の可能性も無く入手が困難になっている状況を見ると、浅野和三郎氏の著作物は、近年、潮文社から再販されて、比較的入手が容易ではありますが・・・注文から一週間以上掛かる場合もある・・・入手は出来ても、現代の新字体・新かなづかいに慣れた読者にとって、大正から昭和初期に書かれた浅野氏の著作物をそのまま読むには、旧字体と旧仮名遣いという、ある意味もっと大きなハードルが待ち構えています。
より多くの人々が、浅野和三郎氏の著作から学ぶために必要なもの・・・電子テキスト化は、その答えの一つとなるでしょう。
私は数人の友人に、協力を呼びかけました。さらには、掲示板でも協力を呼びかけました。そして、私を含めて七人のボランティアで、浅野和三郎氏の著作を電子テキスト化する計画が始まりました。
良貨は悪貨を駆逐します。世の中の誤った心霊知識の多いことを歎くことよりも、世の中に少しでも多くの、良質な心霊知識を吹き込む事のほうが、遥かに実り多い事でありましょう。
むろん、浅野和三郎氏も人の子、偏見が無いとは申せません。特に復古神道に関する氏の執着は少々見難しくも思われます。しかし、すべてを顕わにすることが結局の所、氏の純粋なる部分への近道かと愚考致します。
著作人格権
いわゆる著作権の保護期間(五十年)とは、著作の商業利用を保護する期間ですが、著作権には他に保護期間を経過した後も消失しない、著作人格権があります。
他人の著作物を利用する時、著作財産権の他に、著作人格権も尊重する必要があります。そして特に留意すべきは、「同一性保持」でありましょう。 電子テキスト化とともに著作物を読みやすくする・・・という志は立派であっても、原文の品位を貶めたり、意味を違えてしまえば、著者を冒涜する行為となってしまうでしょう。
とはいえ、現代の読者にとって、浅野氏の著作をそのまま読むのは非常に困難です。幸いな事に、同一性保持権の条項には例外規定があり、「やむを得ないと認められる改変」については許すとされています。そして、日本語表記の変化によって、読むのが困難になった著作物を読めるものにするため、漢字とかなづかいを最小限変えることは、この「やむを得ないと認められる改変」に該当すると考えられます。
問題は、一体どこまでが「最小限」の範疇であるのか・・・という事です。そして、いくつかの方法を試したところ、浅野氏の著作を読む上で、最大の障害は旧字体の漢字であり、仮名遣いは大した問題ではないと(やや独善的ではありますが)結論に至りました。
確かに今では一般的ではない言葉もたくさん使われています。でも、辞書の助けを借りれば、意味を理解できない事もありません。電子化された国語・漢和辞書をお持ちの方なら、なお容易な事でしょう。まして、見知らぬ言葉と出会えるのは、読書の最大の楽しみではないでしょうか?
旧仮名遣いも違和感をもたらしますが、反対に、大正末期から昭和初期の雰囲気を読み取れて、それもまた興味深い事でしょう。
また、現代語訳にも意味がないとは申せませんが、浅野氏の言わんとする事を、浅野氏以上に表現できる人が一体どこにいるというのでしょうか?
また、著作人格権を侵害してまで読みやすくする必然性が果たしてあるのでしょうか?
以上の観点から、浅野和三郎氏の著作を電子化するに当たって、旧字体を新字体に置き変えるに止め、著作を忠実に入力するように努めました。読み易さには少々難があるかもしれませんが、以上の点をご留意の上、お楽しみいただければ幸いです。
2002年9月1日
心霊著作保存会(発起人:老神いさお)